令嬢と首丈の騎士様

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 ジェーンが目覚めた時、身体は異様な不快感を纏っていた。  何か良くないものが身体を這っているような、そんな得体のしれない感覚に恐怖さえ抱いた。  けれど、そんなジェーンを待っていたのは心配そうに見つめてくる両親と兄。  そしてジェーンを診ていた医者の老人と、魔導士である伯父の姿だった。 「ジェーン、良かった! 心配したのよ」  真っ先に言ったのは母だった。  抱きしめる母の後ろでホッとした父と、まだ心もとない様子の兄。  医者は母親が離れた隙に、手際よく診察を済ませていく。 「話せますかな?」 「……あ、はい」  答えたジェーンに一瞬、眉をひそめたのは父だった。 「どこか痛いところは?」 「…………ありません」 「気分は?」 「えっと……ちょっと、良くないです……」 「どんなふうに?」  質問責めにあうなかで、ボロボロと泣きながら自分を見つめる母に、ジェーンは戸惑いを抱く。  ジェーンが全ての質問に答えると、医者は難しい顔をしながら、両親の方へ向き直った。 「これは……奇跡としか言いようがありませんね……」 「ええ、本当に!」  答えたのは母だった。 「一度は死んだと思われたお嬢様が、復活なされました」 「素晴らしいことだわ!」 「もしかすると今後、なんらかの後遺症が出てくるかもしれませんが。ひとまずは大丈夫でしょう」 「ありがとうございます、お医者様! それにお義兄様も!」  涙を流す母の言葉に、伯父はニッコリと微笑んだ。 「礼には及びません。私も、最愛の姪が息を吹き返して安心しました」 「それにしても魔導士様の力は素晴らしい。まさか医療にも役立つとは」  感心したように話す医者の隣を擦り抜け、兄がジェーンへ近づいた。 「ジェーン……大丈夫……?」  どこか不安そうに話しかける兄。  そんな兄を、ジェーンは不思議そうに見つめながら告げた。 「貴方は、誰ですか?」 「…………え?」  驚いたのは、兄だけではなかった。  この場にいる全員の視線が、ジェーンへ向いた。 「ここは、どこですか?」  ジェーンは別の質問を兄へ投げかける。 「私はジェーンなのですか?」 「……な、なに言ってるのよジェーン」  恐る恐る母が声を掛ける。  ルドガーの傍へ寄り、彼の肩に手を置いた。 「忘れちゃったの? 貴方のお兄ちゃんのルトガー。生まれた時から一緒じゃない」 「ルトガー…………貴方は?」  ジェーンは、次に母へ問いかける。 「わ、私?」 「私がジェーンだとして、この人がルトガー……それなら貴方と他の人たちは?」  母は絶句しており、開いた口が塞がらなかった。  医者がポツリと呟く。 「…………記憶喪失ですね」 「見ればわかる」  父が答え、伯父は興味深そうにジェーンを見る。 「脳に何らかの障害……そういえば頭を打ったんじゃなかったか?」 「まさか、それが原因だと?」 「いいえ魔導士様。ジェーン様は一度、心臓が止まっておられたので、おそらく直接の原因はそちらかと」 「なんにせよ、命を吹き返しただけ良かったじゃないか。記憶なら戻る可能性もある」 「戻らない可能性もあるのですか?!」 「奥様、落ち着いてください」  伯父の言葉のせいか、母は力が抜けたようにヘナヘナと座り込む。  話についていけていないジェーンは、ルトガーを見上げた。  ただ黙って話を聞いていたルトガーは、ちょんちょんと自分の服を引っ張るジェーンに気づいて、視線を向ける。 「ジェーン……?」 「その……ごめんなさい……」  しおらしく謝ったジェーンの姿に、ルトガーは目を見開いた。  そして恐る恐る、ジェーンの頭に手を伸ばし、優しく落ち着かせるように髪を撫でる。 「大丈夫だよ」  たった一言。  だが、その言葉がジェーンの気持ちを楽にした。  これがジェーンにとって、初めてのルトガーとの交流だった。
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