令嬢と首丈の騎士様

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 最初の日以降、ルトガーは頻繁にジェーンの元を訪れていた。  その様子は妹を心配する兄そのもので、周囲の人間からは微笑ましく見られている。  ジェーンも、ルトガーのことは他の誰よりも信頼していた。  恐らく、最初にルトガーが優しくしてくれたからだろう。  理由は単純明快だった。 「ジェーン……本を持ってきたんだ。退屈だと思って」  ルトガーは、毎回何かを持ってジェーンの元を訪れる。  前回は花だった。  今回は小説らしい。  しかしジェーンは本を受け取らなかった。 「どうかしたの? ジェーンが好きな本だったって聞いたけど……」  そう言われるが、ジェーンは頑なに受け取らない。  ルトガーは理由が分からなかった。  しかし少し考えて、ルトガーは一つの仮説に行きつく。 「もしかしてジェーン、字が分からないの……?」  そう聞かれ、ジェーンは小さく頷いた。  分からないというのが、少し恥ずかしいことのように感じる。 「そっか……ごめんね。気づかなくて」 「平気です」 「本は戻る際に返してくるよ」 「……記憶喪失になる前の私は、字が読めていたのですか?」  ジェーンが尋ねると、ルトガーは一瞬考えた末、「そう思うよ」と答えた。  その返答に違和感を抱きつつも、ジェーンは記憶を失くす前の自分を羨ましく感じる。 「ジェーン?」 「……ルトガー、勉強すれば私も、文字を覚えることが出来ますか?」  ジェーンの質問にルトガーは驚いた様子だった。  しかし、すぐに何度も頷いて見せる。 「もちろん。一度覚えることが出来たんだから、また覚えられるよ」 「そうですか」 「良ければ僕が教えようか?」 「いいのですか?」  ジェーンが僅かに目を見開いた。  それを見て、ルトガーは小さく笑う。 「ジェーンが嬉しそうなの、初めて見た」 「嬉しそう……?」 「うん。あんまり表情は変わってないけど、いつもより嬉しそうだった」  言われてジェーンは自分の頬を触った。  しかし鏡も無いうえ、自分では差が分からない。  そんな妹の様子を、ルトガーは微笑ましく見ている。 「字の勉強をするなら、もう少し分かりやすい文法の本を持ってくるね」 「ありがとうございます、ルトガー」 「どういたしました」  ルトガーとのやり取りで、ジェーンの気持ちも浮き立つ。  最初に優しくされたからと、ルトガーに気を許す自分を意外に感じていたが、そんな気持ちもまた和らいでいる気がした。  きっと記憶を失くす前から、ルトガーは自分に優しく接してくれていたのだろう。  それをどこかで覚えているから、自分はルトガーを信頼しているのではないか。  ジェーンは自然と、そのように考えていた。  ルトガーへの信頼は増すばかりだ。  コンコン、と扉がノックされる。 「はい」 「クルトです。ジェーンの診察に来ました」  そう告げる声は、魔導士であり伯父のクルトのものだった。  その声を聴いた途端、ルトガーが顔をしかめる。 「開けてもらっても宜しいですか?」 「…………待ってて、ジェーン」  ルトガーは渋々といった様子で扉を開ける。  中へ招かれたクルトは、ルトガーとは対照的に非常ににこやかなものだった。 「こんにちは、お二人とも」 「こんにちは……」 「こんにちは、クルト伯父様。診察なら早く済ませた方が良いですよ」  先ほどの柔らかい雰囲気とは一変して、ルトガーは淡々とクルトに話しかける。  しかしクルトは気にした様子もなく、頷いた。 「ルトガーの言う通り、手早く済ませましょう。ジェーンの身体に支障が出てはいけませんし」 「ジェーン、また後で来るね」  そう言い残して、ルトガーは部屋を出ていく。  診察の為に残ったクルトは、ジェーンの隣に腰かけた。 「それでは始めましょうか、ジェーン。気を楽にしてください」 「はい……」  ルトガーがいなくなったことに少し落胆しながら、ジェーンはクルトの動きを待つ。  少しして、クルトが翳した手から淡い光が放たれ始めた。
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