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春の1
3Bの鉛筆を右手に、竹ちゃんは部活動報告書の欄に「読書部」と書きこむ。整った、MS明朝ぽい字だ。
図書室横の書庫は、本がつまったスチール書棚が、きつきつに並んでいる場所だった。その書棚を力ずくでずらし(もちろん手伝った)、ぽややんは空きスペースをひねり出した。
古い木の机四つをくっつけて置こう、といい出したのもぽややんで、ドアの一番近くの椅子に、その、ぽややんは座ってる。部長で、一番偉いはずなのに、末席。
右隣が久里ちゃん、左が竹ちゃん。わたしは正面で、窓を背にしていた。入り口正面にある、部屋でひとつきりの小さな窓からは、きれいな青空が見えている、はず。
「えー、では、いいだしっぺとして、あたしが、部長を務めさせていただくことになりました。帆谷弥生ですー。読書は、あんまりしてないんですけど、これからがんばりますー。で、副部長は、こちら、沢口久里さんに決まりましたー」
ぱちぱちぱち。三人拍手。竹ちゃんは責任者の欄に、ゆっくりとぽややんの名前を書き記した。
久里ちゃんが、やあやあと選挙演説みたいに手を振った。「ありがとうございますありがとうございます。副部長をさせていただきます、沢口久里、沢口久里でございます」
久里ちゃんの大演説は続く。
「わたくし、中学のときはバトミントン部に入っておりましたが、高校入学を機に、新しいことをしたいと思ってました。部の設立から関われるなんて、光栄のいったりきたりです。お気に入りの小説は『風と共に去りぬ』です。小説よりマンガのほうが好きかな。どっちも、これからもっと読みたいです。よろしくお願いします」
ぱちぱちぱち。わたしと竹ちゃんは見合いっこして、わたしが右手でおすすめすると、竹ちゃんはうなずいた。
「あの、書記の三盆なつめです。久里ちゃんに誘ってもらって、入部することになりました。『あしながおじさん』とか『赤毛のアン』とか、好きです。よろしくお願いします」
ぱちぱちぱち。竹ちゃんは自分の名前を書きこむ。
ついに、わたしの番だった。観客はたった三人なのに、緊張する。机の下で手をぐうぱあぐうぱあして、すうと息を吸いこむと、窓からの風にのって、古い本の、独特なにおいがした。
ちょっと黴びた紙の束のにおい。ぽややんのいう、これが本の森のにおい。本屋さんとも、図書室とも違う。体育館とも調理室とも違う。
ここが部室。ここが、わたしの三年間の居場所。
「会計担当、平川まほです。本は小さいころによく絵本を読んでましたが、最近はさっぱりだったので、たくさん読みたいと思います」
もっといろいろ話したいことがあるような気がしたけれど、ことばになったのはこれだけ。
きれいな字で竹ちゃんに名前を書いてもらうと、なにか特別な許可証をもらった気になった。
ぱちぱちぱち。三人が拍手してくれて、わたしもいっしょに拍手した。これは自分への、ではなくて、部発足への拍手。
こうして「読書部」は産声を上げた。この学校で、三十一番目の、部。広い砂浜で理想的な貝がらを見つけたような、最高の気分だった。
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