お人好しな彼と

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お人好しな彼と

三歩歩けば人助け。 そんなことわざがあるような気がしてくる今日この頃。いや三歩はちょっと誇張したし、今更すぎる気もするけど。 「大丈夫ですか?」 「えぇ、ちょっと…」 「………」 俺の大事な人は、自分よりその他大勢を大事にする傾向があって困る。 言い方が悪いって?でもその他大勢だ。俺にとっては、彼と、一部の者を除いては。 彼は今朝だって俺に会うまでにおばあさんを一人道案内し、杖を落としたおじいさんに杖を渡して自分は渡らなくてもいい横断歩道を一緒に渡った。そしてその光景を見ていたおばさんに飴を貰ったようだ。そして俺と合流してからは一人だけ、また道に迷ったらしい女性に交番への道を案内しようとしていた。 でも三人目は俺が案内してやったのでノーカン。 正直あの女は迷った振りだった。そしてそんなまる分かりの態度を前に俺の機嫌は氷点下だった。迷ったんならスマホを使え、その手にあんだろこっちを見るな、という俺の渾身の圧は伝わらなかったようだ。あるいは伝わっていたが尚それすらスルーしてくるという厚かましさに腹が立つ。何より、何も知らず真摯に応対した天使もとい澤くんの時間と労力を数秒でも無駄にしやがったのも同じ空気を吸っていたのも半径三メートル以内に近づいてきたのも腹が立ってしょうがなかった。俺目当てなら俺に話し掛けてこいよ彼を利用するな。 というわけで、俺が間に割って入り口早に交番への道筋を案内して、早々に彼と引き離した。ばっちぃから見ちゃダメ。 あんな、下心全開で親切心を…それも澤くんの心を利用しようとする奴。視界に入れるのも憚られて物理的に手で目隠しをし、彼の肩を抱き歩き去った。 姿が見えなくなった後も、澤くんは「ちゃんと交番行けたかなぁ」と心配していた。 そんなこと考えなくていいのに。使わなくていいその思考のスペースを俺のことに入れ替えたくて、学校の近くでキスしたら「場所考えろっ!」と強めのデコピンをされた。まだまだ慣れなくて、すぐ真っ赤になる顔も愛しい。 それはさておき。 例え無理な話だとしても、彼には世界のきれいなところだけを見ていてほしい。そう思うのは完全に俺のエゴで、俺が思っているほど彼は純真無垢でもなければ聖人君子でもないだろう。けれどそう願うことも少なからずある。 彼は真っ直ぐだ。どこまでも。 たまに本気でムカついてしまうくらい。 お人好し。それも度が過ぎた、かなりの。こっちが心配になるくらいの。 それは彼の美点で、性質で、切っても切り離せないもので、それに俺だって数え切れないくらい助けられてきたし惹かれてもきた。でもたまに、ほんのたまぁにだけ考える。 もっとわがままになって、自分のことだけ考えてくんないかなぁ。 あわよくばその世界に俺がいたら嬉しいけれど、それは一旦置いておいてさ。 でも一度彼に「もっとわがままになってほしい」と言ったら、彼はからりと笑って言った。 「俺はもう十分わがままだよ」って。 ううん…知ってた。そうだけどそうじゃないっていうか、まぁ予想通りで。 人助けだって澤くんが放っておけないから助けるわけで、それも自分のわがままのひとつらしい。 その放っておけないって部分が、すでに自分本位じゃない証だと思うんだけどなぁ。愛しい。 お、何やらじいっと見られてる。 「え、もっかいしてほしいって?」 「違うよ警戒してるんだよ!誰かさんが!場所も考えずキ…してくるから!!」 「澤くんの辞書に警戒って言葉あったんだね」 「あるよバカ!」 いや絶対ないでしょ。というかキスって大声で言えない澤くんもかわいい。愛い。 距離を取ったつもりらしいが一歩離れたくらいで…俺が手を伸ばせば全然届く距離。ばかわいい。離れる気が全然なくて超かわいい。テイクアウトしたい。今から学校だけど。そうだ。 「放課後デートしよ」 「脈絡って知ってるか」 「俺ん家で」 「えっ」 「今更照れなくても。いや照れてもかわいい」 「外がいい」 「えぇ、なんで?」 「だっておま、お前、絶対変なこと、してくる…から」 「ふうん?変なことって?」 「もうにやにやするな腹立つ!分かってるくせに!」 「ふっ、」 「あっ、笑いやがった!馬鹿にして…」 「今のは愛しさから。で、デートは?しないの?」 「い、としさ…?」 「デートは?」 「すっ!………する」 「んふっ」 「また笑った、もう!」 一回「するわけないだろ」って言い掛けたんだろうな。でもやっぱ嘘吐けなくて。真っ赤な顔で言われたらもう、抑えきれなかった。そういうところ、ずるいよなぁ、もう。声を出して笑いながら校門を潜る俺の肩を澤くんが隣で真っ赤な顔のまま叩く。さっきまで感じていたもやもやもイライラもそのせいか、すっかりどこかへ消え去っていた。
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