無人駅にて

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 「先生。   また、悩んでいらっしゃるの?」  流れる水の美しさと残虐さにみいられていたとき、話しかけられた。  耳馴染みのある、澄んだ優しい声。  色で言うなら、赤やピンクといった原色ではなく、サーモンピンクのような優しさがある。いや、もう少しクールな感じの方がしっくりする。  そう、ライラックが丁度いい。  そのライラックの声色を持つ藤子が微笑みながら顔を覗き込んできた。  悩んでるいる…。  人生で悩んでいないときなんて、あったであろうか?  日常の些細な事にさえ煩わされ続けている。  研究に没頭できる時間さえ満足に作れていない。  色彩が無意識あるいは無意図的に人の心にどんな作用を及ぼすのかを検証することが鉢嶺の研究テーマである。  一般の人の興味関心も高くよくも悪くもポップなテーマなため、メディアに取り上げられることも多い。  企業や芸術などのコンサル業務なども依頼されることもあり、最近では教授というよりも、客寄せパンダ的なアーティストのようだと自虐している。  そういえば最近、一つだけ悩みが解消したことがある。  それは同じ服を着続けること。  子どもの頃からそうしたかった。  お気に入りのシャツ、お気に入りのズボン、お気に入りのパンツなど、毎日それを着て生活したいのに、それが許されなかった。  だから、毎日が妥協の連続であった。  しかし、最近はミニマリストなる新しい生活様式や観念が社会的に認められつつあり、毎日、お気に入りの服だけを着ることができるようになった。  もちろん複数着、買い揃えているので、毎日、清潔な物を着ている。  世間からどう思われようが構わないという突き抜けた感覚や勇気がない辺りが、極めて凡人で小心者である。  
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