鉢嶺先生

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 軽やかなノックをし、相談室に入ってきた藤子。  その佇まいは凛としている。  そして、自己紹介をする発声は艶っぼくもあるが聡明さを失わない絶妙のバランス。  少しの緊張を感じとることができるので、余所行きの声なのかもしれない。  小さな丸テーブルを挟んで私から見て時計の9時の方向にあるソファに腰かけるようにすすめる。 「 何か飲みますか?」  カウンセリングを円滑に進めるために、また、その人のパーソナリティを探るためによく尋ねる。 「 それでは、先生と同じ物を頂きます。」  統制された大人の応えだ。 「 ローズヒップティーでよろしいかな?」 「 はい、大好きです」  ティーカップにローズレッド、いやルビーレッドに近い液体を注ぎ、丸テーブルに置いた。  自分もソファに腰かけなおし、藤子を観察する。  なんだろう、この落ち着きは。  他の学生とはレベルが違う。  所作の美しさは日本舞踊や茶道などを連想させる。  ストレートのロング、濡羽色の髪。  鉛白のシャツは少し胸元を開けている。  墨色の上品なスカート。  どこかの企業の社長秘書と言われても違和感がない。  「私のことは知っていますか?」  「はい、先生の行動心理学や認知心理学の講義を拝聴していましたので。」  頂きますと一言断りを入れてティーカップを持ちローズヒップティーを一口啜る。  私に見られていることを意識しつつも、不自然にならないようによくコントロールされている。  素晴らしい!  興奮を抑えなければと自戒しつつ、それでもなお、考えてしまう。  この女を無茶苦茶にしてしまいたいと。  
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