無人駅にて

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無人駅にて

 まるで切り立った崖の上に建っているような渓谷にある無人駅。  都市の中心部からローカル電車で30分で行ける秘境という異名もあるらしいが、その異名も含めて知っている人の方が少ない。  何もないので、降りる人も乗る人もとにかく少ないのだ。  この駅には一時間に一本しか電車は停まらないが、特急や快速など通過列車は多い。  渓谷の山側のホームは都市部から郊外へ、そして反対の景色が開けたホームは郊外から都市部に向かう列車が通る。  大学の心理学部の教授、鉢嶺蔵重(はちみねくらしげ)は、その景観豊かなホームを線路を背にして立っている。  柵から身を少し乗り出して覗きこむと、眼下には甕覗き《かめのぞき》色の川が流れる。    今日は水量が多く、散在する大きな岩に激しくぶつかり、しぶきを上げ、渦をつくる。  この川に落ちたらまず助からないだろう。  美しいと思う。  川の流れはそれ自体に意志や意図はなく、それなのにいとも簡単に人の命を奪うことができる。  こんなに優しくて美しい色なのに。  そんな美に恐怖し憧れる。
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