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お婆さんに声を掛けられた交差点から大学までは徒歩でおよそ一〇分弱といったところだ。老人の足とて一五分は掛からない。
が、俺はすでに二○分以上歩いていた。
「まあまあ、ずいぶんと歩くのねぇ……」
「すみません、もうすぐ着きますから」
にこやかに返す。老人に二〇分の徒歩は、さすがに堪えているようだ。当然、遠回りしているには理由がある。いや、俺は遠回りどころか、大学とは反対方向に進んでいたのだ。
――頃合いか……
お婆さんの横顔を見詰め、自分の顔一杯に、恍惚感に満たされた笑みが自然と浮かんでくるのが分かる。ああ、なんて、なんて――
――この人はなんて小さいのだろう……足も、腕も小さい、細い……そうだ、首だ。なんて細い首だ……首、首、少し力を入れたら折れてしまいそうな首……ああ、なんて愛おしい……首、首、折ってしまいたいあの首……首、首、首……
「あの、おにいさん…?」
お婆さんは不安な声で俺を見上げ、ふと気付く。
そこは、雑居ビルに挟まれた細く薄暗い路地裏。辺りには、人の気配も無い……
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