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「あ、あの、おにいさん、もういいわ。あとは一人で行けると思うから……」
ようやくお婆さんは自分が、ただ道を尋ねただけの見も知らぬこの俺に、こんな日の光も遠い薄闇に連れ込まれていた事に気付いたようだった。
慌てて元来た道へと引き返そうとするお婆さん。
……が、俺の方が早かった。
俺はお婆さんの腕を素早く掴み、その小柄な体を乱暴に振り回して路地裏の更に奥、袋小路になっているビルとビルの隙間へと押し込めた。
――ああ、なんて軽い! 愛おしい!
「た、助け…!」
悲鳴を上げられる前に俺はお婆さんを押し倒し、その細い首に手を掛ける。お婆さんの目は恐怖に震え、悲鳴すら上げられない様子だ。
――ああ、細い、愛おしい、折ろう、折ろう、折ろう折ろう折ろう……
頭の中で言葉が回り始める。支配する。もう止まらない。止められない。
――一線だ。この一線を超えるんだ。そうすれば光が見える。普通なんてどうでもいい! 今日の俺は、調子がいいんだッ!
徐々に俺は右手に力を込めて行く――が、その時だった。
「アハハハハ……相変わらずで安心したよ、小林君」
その声はどこから聞こえてくる?
幼い少女が笑う声……
後ろか? 上か? いや違う。その声を発していたのは、紛れもなく俺に押し倒されていたお婆さんからだった。
さっきまでのしわがれた声は、いずこかへと消え去り、今は澄んだ少女の声。怯えきった表情も消え、俺にニコニコと笑顔を向けていた。
その笑顔は、俺にとっては形容しがたいほどに恐ろしく、だが見覚えのある笑顔……
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