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 血の色をした夕焼けが、その者の目には映っていた。  椅子に深く腰掛け、何もない中空に向けられた虚ろな目には、何も映るはずは無い。だが、映っているのだ。家も、ビルも、車も、人も、野良猫も地を這う虫すらも血の色に染められている。  無音であるはずなのに、その者の耳には聞こえてくる。血の滴る音。喧騒、悲鳴。そして、目に染みてくる程のむせ返る血の臭いまでも。  その者はほくそ笑む。だが、次の瞬間には顔を醜く歪ませた。 「駄目だ……駄目駄目駄目駄目! 全部駄目ッ!」  その者は叫びながら目の前の書きかけの原稿用紙をこれでもかというくらいぐしゃぐしゃに丸め始めた。あたかも自分の醜く歪んだ顔を手の中で作るように。 「なんで? どうして? 何が足りない? 何かが足りない?」  と、何を思ったか、その者は丸めた原稿用紙を、からくり箱を開けるように四苦八苦しながらもう一度広げ始めたのだった。 「私の目の前には、鮮血に染まった街並みが見えているのに、声も、匂いも、ほらっ、こうすれば触る事だって出来る……」  その者は、口角を上げて両手を中空に彷徨わせる。そして、落胆したかのようにうな垂れ、再び醜く顔を歪ませる。 「……でも……でも! 読者には見えていない。私は何も見せてあげられていない……」
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