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「おい、どうだった。初の指南役は?」
俺はようやく生えてきた眉毛を触りながら玄関を掃いていた。
「どうもこうもねえよ。あれじゃ江戸の先が思いやられるよ」
俺はクスリと笑った。
あれから俺の太い眉毛を付けて街を闊歩していたら沢山の侍からケンカを売られたらしい。
すべてみね打ちで留めておくといつぞや勝負を仕掛けてきた侍が屋敷の指南役を依頼してきたのだ。
普通、商い人に侍がそんな依頼をするのは特例中の特例だがよっぽど彼に剣の強さを見出したのだろう。
初めは冗談かと思って相手にしなかったがしつこく頼み込んで来る侍の熱意に推され、当然乗り気で承諾したのだった。
「お前、俺の眉毛、何処やっちまったんだよ」彼はいつの間にか太い眉毛を付けてなかった。
「もう、お前の眉毛は懲り懲りだよ、喧嘩ばかり売られて…」とやれやれといった顔をした。
「でも良かったよな、喧嘩売られたおかげで指南役だもんな!」
俺は羨ましいそうに彼を見た。彼は少し照れながら「まあな」と鼻の下をこする。
「そういうお前も何だか番台が様になって来たな」
「そうか」
俺はすっかり馴染んでしまった番台をきれいに磨きこんだ。
何だか自分が磨かれてる気がした。
そして自然に生えてきた眉毛がもとに戻った頃、本物の商人の笑顔ができるような予感がした。
了
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