ペンギンに食われて死んだ

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ペンギンに食われて死んだ

 学校が冬休みへと入り少し経った頃、涼雅は友人の柄津に誘われ水族館へ足を運んだ。  二人が来ている水族館は国内ではそこそこ有名な方で、来場者数は年間百万人位だそうだ。  冬休みというリア充が大量発生しそうな時期に、その巣窟とも言える水族館へ行くことは、涼雅は少し気が引けていた。 (なんで、男二人で来るのが水族館なんだよ)    そう思う程には。  とは言え、水族館へ入ってみるとなかなかに広い館内が広がっていた。  メインホールでは中央に巨大な水槽が配置されており、その中では魚達が悠々と泳いでいる姿が伺える。  水槽内部には無数の照明がある。パターンを変えて水槽を照らすことによって、幻想的な風景を表現していた。  涼雅はこの演出に心を惹かれた。その結果水槽を、何も考えずにじっと見つめる。 「西園寺、あっちにペンギンがいるぞ。お前確かペンギン好きだったろ?」  あまりに視点をピクリとも動かさない涼雅へ、柄津は手を振る。同時に、溜め息混じりな声で呼びかける。 「あぁ、今行く」  ゆっくりと体を動かし、柄津の元へ向かう。  その瞬間、歯車がカチッと動くような音が脳内に響いた。 (‥‥‥‥ん?)  水族館の演出とかではないようで、一度は足を止める。だが、目立ったものはなく涼雅は再度進み出す。  何か嫌な予感を感じたが、特に気には止めなかった。  二人は、学校の課題などの何気ない話を交わしながらペンギンの展示場所へ移動する。  展示場所に到着すると、多くの来場客で賑わっていた。 「なんか人多くないか?」 「そうだな。あ、そう言えば確かペンギンのイベントがあるとか言ってたな」 「納得した」  聞いていると親子のように聞こえる会話を繰り広げている内に、先のイベントは始まった。  大音量で軽快なリズムの音楽が流れ、舞台裏から一人のスタッフが登場し、観衆の拍手を浴びる。 「皆様お待たせいたしました!それでは、ペンギンたちに登場してもらいましょう。大きな拍手でお迎えください!!」  スタッフの声に合わせて、舞台裏から五羽のペンギンが姿を現した。  ペチペチとステージ中央へと向かうその姿に、観衆の視線が一気に集まる。  一方で涼雅の脳内では先程と同じような、歯車の音が鳴り響く。カチッ、カチッと事が何かに近づいているように、ゆっくりと。 (これは……何かの暗示か?)  そんな事を考えるようになった涼雅に追い討ちをかけるかのように、事態は急変する。  先のペンギンたちの中で、一羽だけ妙な個体がいた。目は充血していて、落ち着きもない。  しかし、誰もそれには気づかない。 ────刹那。  それがスタッフに飛び付いた。  突然の出来事にスタッフも対応が出来ず、体勢を崩し転倒する。  スタッフの悲鳴なんて聞こえない。  一見、ペンギンがスタッフに飛び付く愛らしい姿のようにも捉えられるが、実際は違う。  倒れても尚、ペンギンはスタッフの胸部と腹部の間で頭を動かし続けている。  同時に、スタッフは動く様子を見せない。  誰も気づかない。この最悪の状況に。自身らの身に危険が迫っているという事実に。  多少時間が経って、ペンギンは顔を上げた。   「!?」  涼雅は一方、後退りしてしまった。  ペンギンの嘴には、赤い"何か"が付着していて、濁った赤色に染まっている。更に、嘴から何かを吐き出す。  高校生という立場にある涼雅や柄津からしてみれば、見覚えのあるそれに恐怖を覚えた。  吐き出された物は、人の臓器。  二人からは細かく確認する事は出来ないが、確かに人の臓器の一部。  つまり、ペンギンはスタッフを捕食していた。 「西園寺、あれって‥‥」 「あぁ、分かってる」 「早く逃げた方が良さそうだよな」 「……了解」  混乱が大きくなる前に展示場所から逃げようとするが、大きな困難が立ち塞がる。  二人が今いるこの場所は、メインホール等がある本館に併設された別棟。そこの区切り目にはドアがあり、イベント時には閉じられている。  設計者に何故このような設計にしたのか講義したい二人。だが、本格的に不味い状況に陥る今では、そんな事を考えている暇と余裕はなかった。 「くそっ、開かない」 「本当に面倒だな」   いくらドアを開けようと試みても、頑丈にロックされたドアの前では無意味に等しい。  タイムリミットは刻一刻と迫っていた。 「あ、あれは臓器だ!」  ようやく気づいた観衆の一人が、叫び声を上げる。これが大きな混乱を招き、出口となるドアに多くの人が押し寄せた。  とは言っても、結果は誰が開けようとしても二人と同じになるだけで、出ることは出来ない。  人の波に流されるままに、二人は集団の外に放り出される。  もう、脱出出来る見込みは皆無だ。  その最中、涼雅の運命の歯車は大きな動きを見せていた。  涼雅がステージに目線を移すと、そこには恐怖で体の自由が奪われた少女がおり、数十センチ先にはペンギンの姿があった。  少女に死が訪れるのは時間の問題であった。 (あぁ、もう。これが暗示してた事かよ……)  少女の元へ駆け出した。  涼雅自身、自分よりも歳の低い子が捕食される様子なんて見たくない。ただそれだけの理由で、見返りなんていらない。 「西園寺、お前どこに行くんだ!?」 「すまん、お前だけでも逃げてくれ」  自身が今出せる全速力で、助けに向かう。  その優しさが運命の歯車を"死"に直結させたのかも知れない。但しこの場にいる全員の中で、誰よりも優しく勇敢であることは明確だった。  死という強大な敵に屈しず、少女の元へたどり着いた。 「大丈夫?」 「は、はい。でも、あなたは?」 「ただの高校生だよ」  決して恐怖を顔に出さないで、笑顔で接し場を和ませる。本当は、今にも泣き出してしまいそうなレベルで怖い。 「早くここから逃げるんだ。俺が止めるから、振り返らないで、早く」 「は、はい!」  涼雅の指示に従い、少女は出口へ逃げる。  それを見て少し安心していた。 「さて、時間は稼ごうか────」  そう、後ろを振り返ると。 「────ッ!?」  背後に迫るペンギンに気づかず、スタッフと同様にして腹部をその嘴に貫かれた。  走る激痛、飛び散る血液。痛みに思考が阻害される。次の行動を考える暇すら与えられずに、涼雅の体はえぐられていく。  一つ一つの臓器が食され、見るに堪えない姿となるまで、ペンギンは補食を止めなかった。  最悪なのが、即死ではないこと。そのため、徐々に増す痛みに耐えながら死ななければならないのだ。 「────ッ!!」  涼雅は声にならない叫びを上げ、悶え苦しんだ。体が焼けるように熱く、今までに味わった中で最大の苦痛を長時間に渡り味わう。  最悪な時間。  微かに聞こえる銃撃音。  目の前で崩れ落ちるペンギン。  朦朧とする意識。 (あぁ、警察が‥‥‥‥来たのか‥‥)  最期に一安心し、解放されたような心地になる。刹那、涼雅は意識を喪った。 「西園寺!」 「お兄さん!!」  柄津と少女は警察に安全を確保されながら、涼雅に駆け寄った。  二人ともその悲惨さに呆気にとられる。  流れる音楽の軽快なリズムが、トラウマを植え付けた。 ─────────────────────  果てなく続く暗闇の中から、自然と意識は涼雅の体に戻った。  先程まで体を攻撃し続けていた痛みも、嘘のように綺麗サッパリなくなっている。  目を開けば視界一杯に広がる青空。 (は?)  涼雅の頭上に疑問符が浮かび上がる。  それもそうだろう。  あの状況から生き残ったとも考え難いし、本当にそのパターンがあったとしても、目覚めたらまず病院の天井を拝むことになる。  青空の元で放置されているのは例外であるし、訳が分からなくなっていた。 (という事はここは‥‥)  天国か地獄か、そう考えるのが妥協だろう。  しかし、体の自由は利くようなので取り敢えず体を起こす。その後、本格的にどうするかを考えることにした。  ゆっくりと体を起こす。瞬間、体に生じる違和感。まるで体の構造が丸っきり変わっているかのように、動きづらい。 「な!?」  ようやく起き上がることに成功し、涼雅は自身の体の変化に驚愕の声を発した。  手足が青く、立っているのに目線が低い。おまけに、体がモフモフだ。  驚くべき点はまだ有り、今いる場所は何処かも分からない謎の氷河地帯。澄んだ空気が体に取り込まれ、とても心地が良いく、地球上の空気とは思えない。 (本当に、天国なのだろうか?)  そう思って氷河地帯を歩いていると、巨大な氷塊を発見する。  今の目線からして、体全体を映す事が容易いであろうそれの前に立ち、自身の体を見た。 ────そして。 「こ、これって」  目の前にあるのはまごうことなき、ペンギンの姿。とは言っても、涼雅を捕食したあのペンギンとは全く別の見た目をしており、とても愛らしい。なんなら、アホ毛までついている。  涼雅の意思に反応して、頭についているアホ毛はくるくると動き、愛らしさを増幅させる。  嫌な記憶を思い出してしまうが、それは仕方ない。  ここまで来ると、さすがの涼雅も気づいた。  生きている実感すらあるし、思考判断すら出来るこの現状、死んでいる確率は低い。  ならば間違っていても今は、こう仮定する。 「俺は、どうやら転生しているのだろう。……しかし、しかしだ。これだけは何度でも抗議しよう」  涼雅は一度大きく深呼吸する。  吸った空気を、今までの辛かった記憶を上乗せした形で吐き出し……声を大にする。 「何故、何故、何故!これじゃ、涼雅じゃなくて、ペンガだろうが!!」  涼雅改めペンガの、誰宛てでもない抗議の声が、氷河地帯に漏れることなく轟いた。
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