森の精

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 その道は大雪山国立公園を南北に貫いて走っている。  道の両脇は深い原始林が延々と続き、人里からは遠く離れている。  数年前、仕事の関係で毎週のように、その道を利用した。  ある日、疲れて寝不足だった僕は、運転中、眠気に襲われ、路肩に車を寄せて停車すると、あっという間に眠ってしまった。  僕が眠ってしまった道の両脇は昼でも暗い深い原始林に囲まれていた。  どのくらい眠ったろうか。  誰かが車のドアを叩いたような気がして目を覚ました。  窓の外はもう日が沈み、灯りのない山奥は闇に包まれ始めていた。  僕は初め、窓の周辺に誰も発見できなかった。けれども何かしらコソコソと動く気配を感じ、窓を開けずに下を覗くと、運転席のドアのすぐ下で黒っぽい陰が蠢いている。 『何だろう?』  キツネにしては大きく、ヒグマにしては小さい何かが確かにいる。  闇に蠢くものの正体を見極めることができない。静かに車を出せば、ソイツは逃げ出すだろうかと思ってはみたものの、正体不明のソイツは車の下に体を半分くらい突っ込んでいるようにも感じられ、僕は車を動かすことを躊躇(ためら)っていた。  すると、ソイツは急にガサゴソと立ち上がって僕を見た。  意外にも、ソイツは人間みたいだ。  こんな時間に、こんな森の奥で何をしているのだろう。 「どうしましたか?」  驚くと同時に少し警戒した僕は、車のドアは閉めたまま窓を半分開けて彼に声をかけた。 「ぅうううぅぅ…」  彼は言葉にならない呻き声で僕に返事をしたらしかった。  その瞬間、ムッと獣臭が鼻につく。  僕は慌てて車のエンジンをかけ、ライトをつけた。すぐ目の前の笹薮の向こうにヒグマの目がギラリと光った。 「ガルルルル…」  唸り声を出したのは人間の方だった。ソイツは唸りながら、物凄い速さでヒグマに向かって飛び掛かって行ったかと思いきや、彼らの気配はスッと消えてしまった。  あっという間の事で、僕は、何が起きたのか理解できなかった。  あの人間は、大丈夫だったろうか?!  気になって、しばらくの間、その場で待っていたけれど、5分経ち10分経っても暗闇と静けさが続くばかり。  僕は、その場を後にした。
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