青春、ひどく苦い

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 今日の日直が、何やら気まずげにフジタさんに話しかけていた。提出物……。まだ提出が済んでいないのはフジタさんだけだった。私には聞こえない程の声量で、フジタさんは返事をしていた。  多分、彼女は提出物を持ってきていない。日直は露骨な作り笑いを顔に貼り付けたまま振り返り、逃げるようにして自分の席へと戻っていった。その姿は、漫画やアニメに出てくるネズミのようで、少し笑えた。  フジタさんは目線を前に戻すと、すんと澄ました顔でぎっちりと黒板に並んだ文字をノートに写していた。真面目なのか不真面目なのか分からない。彼女は本当に妙な存在だった。  ユカリがナオ、ミカ、アユミを連れて私の席に戻ってきた。彼女らが来なければネズミのような日直の姿をスケッチできたのに。なんだか惜しい気持ちだった。  四人の会話に適当に相槌と愛想笑いをしながら、私は軽い学生鞄を肩にかけ、立ち上がった。言葉にするでもなく他の四人は出口へと向かい、私は一番後ろからそれに続いた。  ふと振り返るとフジタさんはまだペンを走らせている。扇風機の風で、また髪が乱れていた。そういえば板書、途中だったな。ほんの僅かな心残りは、教室のドアを閉めると姿を消した。
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