Prelude この世界が進み行く路

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 カミーリアはベアトリーチェに何度も何度も愛を訴えかけるが、その叫びは心までは響かない。そんな中、カミーリアはベアトリーチェの実家が小麦農家であることを突き止めた。 大量の持参金とボード帝国による相場の数倍での小麦の取引契約書を手土産に交渉を行ったのである。 ベアトリーチェの父親、マクフライは夢のような条件を前に舞い踊り飛び跳ねて喜んだ。そして、ベアトリーチェに「カミーリア殿の妻になりなさい」と無慈悲にも通告するのであった。  マクフライは大量の持参金の入った宝箱を見た瞬間に、狂ってしまった。金色の輝きを前に冷静さを失ってしまったのである。 「お父さん! あたしの夫はフィンレーのみ!」 ここで「金」と「取引先」のために娘を売ると思われてはならない。マクフライは言葉を選んでの説得を行った。 「いいかい? もうフィンレーくんは亡くなったのだよ? 亡くなった夫を想ったところで心が辛くなるだけだよ? 過去に縛られるよりも、新しい夫の元で幸せに生きることの方を天国にいるフィンレーくんは望んでいると思うよ?」 「お父さんがフィンレーを語らないで! あたしはずっとフィンレーだけを見続けて来たんです!」 ベアトリーチェの決意は硬い。昔は「お父さんお父さん」と素直ないい子だったのに…… 百人隊に出し心身ともに鍛えられたせいで、こんなにも頑固になったとでも言うのか。  マクフライは現実を突きつけた。最終手段に出ることにしたのである。 「いいかい? お前は未亡人なのだ。歳ももうすぐ二十歳のただの女寡(おんなやもめ)! 修道院の花嫁修業や貴族の行儀見習いのような嫋やかさはない、お前にある軍隊仕込みの荒々しさ! 手だって魔物の血で染まっておろう! このようなを貰ってくれる男など、ここにいるカミーリア殿以外はおらぬぞ? ここで貰って貰わねば、お前は一生一人で生きていくことになるのだぞ! 魔王を倒した百人隊の一人で『名誉』こそあれ、一生の生活も保障されるだろうが。一人で亡くなった夫の墓守をすることが幸せだと言うのか!? 父としてはお前にそのような一生を送って欲しくないのだよ! その気持ちをわかってはくれまいか!」 今のベアトリーチェは夫のフィンレーを喪い失意に満ちたただの女。その説得は失意を決意に揺るがせるには十分すぎた。もう、あの人のいない人生なんかどうでもいい…… このまま、流されていけ。時の川の流れる先が天国であろうと、地獄であろうとどうでもいい……  ベアトリーチェはカミーリアに向かって手を差し出した。 「分かりました。あなたの妻になりましょう。一生、お慕い致します。ただし、前の夫の喪が明けるまでは精一杯、祈らせて下さいませ」 陥落(おち)たか。まだ、心は我を愛してるとは言い難いが、慣れの問題だ。体も(じき)にそうなるだろう。館へと連れて行き、浮世離れとした蝶よ花よの生活をさせていれば、心も体も我を欲するようになる。  前の夫のことを考えるのも「今のうち」だけだ。せいぜい、冥福を祈ってやるがよいぞ? カミーリアは「絶世の美女たる妻」が出来た嬉しさから口角をニヤリと上げるのであった。
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