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暫しの沈黙が二人を包んだ。聞こえるのはティキランの僅かな寝息のみ。
沈黙を破ったのはイールソーだった。
「オタマジャクシはおりませんでしたよ? ただの一匹も、ボクはここで皇太子が胤無しであると知ってしまったのです。ああ、本人は『白き泥が女の腹の中で人の形になる』と信じているので疑問にすら思わなかったようですが。あれだけ愛人がいたのに一人も子が生まれないのは不自然だと思ってましたよ。ここで『オタマジャクシはいた』とカマをかけて、あなたに父親と思しき男の名でも白状させようかとも思ったのですが、皇太子妃殿下は聡明でいらっしゃる、こんなカマかけに引っかかるとも思えない方だったので、正々堂々と真っ向勝負をさせていただきました」
「ふふ、あなたも聡明ね。あたしは手の内は晒さないわよ?」
「ボクとしてはこの平民の子が皇帝になったとしても構わないよ?」
「なにがしたいのかしら?」
「ただ、ボクは王侯貴族としての蝶よ花よの暮らしが守りたいだけだよ。ボクは王侯貴族じゃなかったら、ただのボンクラだよ? もし、平民に生まれていたら何者にもなれなかっただろう」
見微鏡なんて道具を作り上げた上に、ボード帝国を揺るがす皇太子の胤無しと言う秘密に自力で辿りついておきながら自分はボンクラだとよくも言えたものだ。
頭のいい人間ほど、頭の良さを隠しているものだ…… この幼き鷹の鉤爪は百戦錬磨の若鷹よりも鋭いに違いない。
こいつは油断ならない。ベアトリーチェは慈母のような優しい目でイールソーを睨みつけた。
「あたしはこのことを肯定も否定もしないわ。それで? これを女帝陛下や、あの人に言うわけ?」
イールソーは屈託のない笑顔を浮かべた。ベアトリーチェはそれが不気味な笑顔に思え、全身を思わず震わせてしまう。そして、イールソーは笑いつつも煽るように叫んだ。
「これを言えば、ベアトリーチェ皇太子妃殿下様は不貞行為をはたらいた阿婆擦れ! 間違いなく斬首だねぇ! なにせ、ボード帝国そのものを騙したのだからね? そうなって当然!」
「でしょうね。聖典にも『一夫一婦こそが夫婦の婚姻の正しい形』と書かれているのですもの。異端の罪も加わるでしょうね」
「その割に公妾制度なんてものがあるのは王侯貴族の血を繋ぐための傲慢だね。でも、皇太子妃殿下は『正妻』でいらっしゃる。他の男と繋がるのは許されない。男に優しく、女に厳しい…… 神様って何なんだろうね」
ベアトリーチェは掛け布団で一旦手の汗を拭った。そして、怒気を含んだ口調で凄みを見せる。
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