第2章:聖剣の相手をしろと言われましても。/『聖女の朝』は早すぎですわ。

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第2章:聖剣の相手をしろと言われましても。/『聖女の朝』は早すぎですわ。

聖女なんかじゃない! 第2章:聖剣の相手をしろと言われましても。 第1項:『聖女の朝』は早すぎですわ。 あらすじ:ドレスを脱ぐのにも手続きが必要なのよ。 ------------------------------ 日も明けやらぬ暗い中、私は一生懸命に寝ているふりをしていた。 周りの聖女達が起き出してゴソゴソと動いているのは知っていたのよ。ずっと、眠れなくて起きていたから。昨夜聞いた声が頭を離れなくて、落ち着かなくて、夜明けまで悶々としていた。眠ろうと目を瞑っていると昨晩のハクビ子爵と聖女の声が聞こえてくるの。 寝る努力はしたのよ。 ベッドのゴワつきに嫌気を差しながら何度も寝返りを打って、そのうちお腹が空いてぐるぐる鳴っていたけれど食べる物も無いし、喉が乾いても水も飲めなかった。例の聖女が戻ってきて顔を会わせてたりしたらと思うと、トイレにも行けなかったのよ。 悶々とした気持ちが少し落ち着いて、聖女たちの寝言が消えて、ギシギシと軋む音が消えて、イビキが静まって、ようやくうとうとと微睡めるようになったと思った所で、聖女達が動き出したのよ。まだ暗いのに。 だから、私は知らないフリをして、そっと薄いキルトケットを頭まで被ったの。 貴族の頃の私の生活はどちらかと言えば夜型だった。成人のお披露目を行っていないとはいえ、私は社交界へと出る身だった。社交界は夜の方が本番なのよね。令嬢として夜通し踊って駆け引きをして、日の出とともにベッドに入るなんて生活が待ち構えているはずだったのよ。 贅沢に油を消費してランプを燃やし、歓談と密談を繰り返す予定だったのよ。 逆に、朝は使用人たちの準備が整うまでは寝ていた方が喜ばれる。使用人たちが起きてから身支度をして、私の着替えや朝食をする準備をする。その前に私が起きてしまえば、使用人たちは樹文の準備が整わないばかりか、私の準備もできていなくて慌てることになるの。 だから、大人になってからのためも、使用人たちのためにも、幼い時から夜型の生活をしていたの。朝早くから使用人たちを起こして朝食を運ばせるなんて論外だったのよ。 「ほら、いつまでも愚図ってないで起きなさいよ!私達よりも先に寝ていたでしょ?」 コーラルが私の頭を叩くのも3度目だ。だけど、私はゴワゴワして寝心地の悪いベッドから、出たくないとしがみつく。とっくに同じ部屋で寝ていた聖女達はすでに準備をして部屋を出ていた。部屋に残っているのはコーラルと私だけだから、コーラルが怒るのも解る。 でも、眠たいものは眠たいのよ。 夜中に見た星の位置から考えると、聖女達の自由時間は短かったみたいだ。清貧を重んじる聖道院なのだから、多くの油を消費するわけにはいかない。というか、明かりに使えるような物は支給されなくて、夜の自由時間の時は自分たちの少ないお小遣いで油を買っている。 つまり、あまり長く自由時間を満喫していると、彼女たちのお小遣いが減るのよね。だから、そこそこの気晴らしが済んだなら、早めにベッドに入るのが暗黙の了解みたい。 だから、暗いうちから起きられるのよ。 対して私は聖女達が寝静まった頃に中途半端に起きてしまった。こんなに早く起きると知っていたなら、あの時、エントランスホールにまで足を運ばなかったのに。 「さっさと起きなさいってば!アンタを連れて行かないと私が怒られるのよ!」 聖女達を導く『先生』になりたいコーラルは、先生が不在の聖道院で率先して私の教育を請け負ったらしい。貴族の私を指導する事ができれば院長の覚えも良くなるからね。でも、そろそろ我慢の限界らしく、コーラルは実力行使に打って出た。 私のキルトケットを強引に剥ぎ取って、乱暴にベッドから突き落とした。そこまでやる必要は無かったと思うけど、私はたったひとつの安住の地を追い出されて床に落ちた。 「おはよう。コーラル。こんなに早いなんて聞いていませんわ。」 窓からはうっすらと朝日が差し込んできて、コーラルの顔に陰が落ちて表情は見えない。私は不機嫌を露わにしてゴシゴシと目をこすった。 「早くなんて無いわよ。まったく!さっさとしなさい。」 手早く身だしなみとベッドを整えさせられると、コーラルは私を西棟1階の教練室へと連れていった。教練室は聖女が先生から指導を受ける部屋で、教壇と長い勉強机と椅子が並んでいる。 「貴女でも掃除くらいはできるのよね?」 「見た事ならあるわ。」 聖女達の朝は掃除から始まるらしいけど、私が掃除なんしたことあるわけ無いじゃない。部屋の掃除だって私が居ない時間に下働きの女がやってくれていた。じっくりと見ているほど暇だったことは無いけど、通りすがりに見たことくらいはあるわ。 「はぁ、ホントにお貴族様は何もしたことが無いのね。なら、最初は窓を開けてちょうだい。」 そう言われると掃除を見る度に窓が開いていたと思い出す。私達は手分けして分厚い鎧戸を開けると、まだ薄暗い早朝の冷たい風が流れ込んできた。 聖道院の掃除は聖女達で行うらしく、最初に礼拝堂と自分達の生活する西棟とエントランスを。そして、その後は東棟の空いている部屋を。東棟を後にするのは、泊っているお客様がいる日もあるからだそうだ。お客様が泊っている部屋は、帰られてからするようね。 今日の私に振り分けられたのは教練室と図書室と教練室、それから、東棟の会議室を2つ。どれだけあるのよと叫びたくなったけど、10人しかいない聖女達ですべての部屋を掃除しなければなら無いので当然だと言われてしまった。 「貴女が掃除できないだろうと思って、簡単な場所を譲ってもらったのよ。」 礼拝堂は神様の像が安置しているので失礼があってはいけないし、貴族の泊る部屋の調度品は高くて壊したら大変だ。執務室や作業室には刃物も置いてあるし、調理室や井戸、トイレは専用の掃除をしなければならない。 その点、私達に割り当てられた部屋は比較的物が少なくて、あっても壊れるような物や、危険な物が少ないそうだ。そして、多少の失敗があっても応用が利く、初心者向けの掃除場所だそうだ。私が失敗する訳ないと思うけど、弁償できる当ても無いので黙ってコーラルに従うことにした。 「水の魔法は上手だったけど、風の魔法はどうかしら?」 「ふん。愚問よ。」 水の魔法もそうだけど、風の魔法も使えないと困る。もちろん、火の魔法も土の魔法だけじゃなくて、浄化と治癒の魔法も、どの魔法が使えなくても私達の生活は成り立たないのよ。 ランプを灯すには火の魔法が必要だし、喉が乾けば水の魔法でしのげる。土の魔法は塩を得るのに使うのが一般的だけど、私の場合は令嬢の足を引っ掛けるのに良く使った。コツは、あまり大きな穴を空けない事よ。 風の魔法はひるがえるスカートの裾を押さえたり、ドレスの中でこっそり涼をとったり、羽虫を避けるのに使ったりと色々と役に立っているわ。ああ、澄ました顔の令嬢の肩に、青虫を落とすのにも使ったことがあったかしら。あれは、我ながら良く乗せられたと感心したわ。 「それじゃぁ、あっちから風を使って埃を窓の外に払ってちょうだい。私は掃除用具を取ってくるから。」 窓とは反対の壁を指してコーラルは告げると部屋を出て行った。壁から窓に向かって風の魔法を使い、部屋の埃を窓から外に追いやれば良いらしい。壁から窓まで20歩ほどの距離がある。涼を取ったり虫除けにする時より、強い魔法を使わなければ届きそうにないわね。 私が風の魔法陣を投影させると、強めの風が吹いて埃が舞う。 これは思ったよりも難しいわね。風が吹く通り道は埃が飛んで行ってくれるけど、風の通り道の端にある埃は明後日の方向へと舞ってしまう。それに、壁に当たって帰ってきた風が、渦を巻いてしまうの。 もっと強い風でひと思いに吹き飛ばした方が簡単かしら? 私がさらに魔力を込めると魔法陣の輝きが強くなる。だけど、まだ風は起きていない。だって、魔力をたくさん込めて一度に開放した方が強い風が吹くわよね。 ガチャリとコーラルがドアを開けた瞬間と、私が魔力を風に変えた瞬間が重なった。 「なにやってるの!」 戻って来たコーラルが悲鳴をあげた時には部屋の中にっと風が吹き荒れていた。小さな窓だけでは強い風の行き場が無くなるから渦が強くなったのね。 ちょっと失敗しちゃったみたい。えへっ。 ------------------------------ 次回:『お胸の先』が撫でられましたわ。
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