第1章:ある日、聖女にされました。/『聖道院』に呼ばれました。

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第1章:ある日、聖女にされました。/『聖道院』に呼ばれました。

聖女なんかじゃない! 第1章:ある日、聖女にされました。 第1項:『聖道院』に呼ばれました。 あらすじ:よろしくおねがいします。 ------------------------------ 重たい木の扉で閉ざされた一室で、私、ケルハネィル・ラ・ラビットダンスは、朝から不愉快な呼び付けを受けて眉間にシワを寄せていた。 毛足の高いワインレッドのカーペットを敷き詰めた室内は、風格のある漆喰の壁に焦げ茶の木の腰壁を貼って、派手な雰囲気が醸し出されている。深い艶が出るまで磨かれたクローゼットとか中身の詰まったショーケースとか、壁は何かしらの高そうな家具が並べられていて埋まっていた。 これが聖道院と呼ばれる施設の院長室らしい。 執務をする部屋なのに、書類やら資料やらの実用に使われるものはひとつも見当らない。無駄に広く重そうな木の机の上には傷ひとつなく無駄に輝いていて、ペンもインク瓶も置いて無い。ここで執務をしているなら、いくら丁寧に手入れをしても傷ができて当然なのに。 本棚に分厚い本が詰めて並べられていても、一分の隙も無く整えられていて飾りのようだ。立派な机があるから、せっかくのビューローも空白を埋めるためだけに置かれたようなものね。 部屋のあちこちには目立つように裸婦画だの彫像だの金の燭台だのと高そうな品が並び、金色の薄い布を纏っただけの女性の像が支える壺には花が活けられている。季節外れの花は薪をふんだんに使った温室で育てなければならなくて、お金がなければ買う事ができないの。 部屋の装飾は主の仕事を支えたり癒したりするために配置されているようには見えない。かといって、来客を楽しませているとも思えない。ただ、自分の豊かさを示して客を威圧するために置いてあるんじゃないかな。 下品な裸婦の絵画や彫像が、私を挑発しているように思えるのよ。 厭らしい。 目の前の男は醜く太った体に残り少ない髪の毛。私が部屋に入る前から机の上に肘を突き、乗せて動かさない顔には嫌らしいニヤニヤ笑いを浮かべている。 この部屋の主、聖道院の院長だ。 聖女を育てる聖道院と言う施設を管理する人間の部屋とは思えない家具の数々。というか、乙女が神様に祈る場所に裸婦の絵画や像を置く神経の無さ。権威を見せつけたいのかも知れないけれど、私のような由緒ある高貴な貴族の令嬢に裸像を見せつけても不快な思いしかしないわよ。 イライラする。 私だってハゲて脂ぎって生理的に受け付けないだけのデブな中年男を見ただけでは、心を乱したりしない。尊敬できる頭の薄い方も知っているし、太っていても強い人も知っている。そして、いつも脂ぎっていてもカッコいいとさえ思える人物だっている。 院長と呼ばれる部屋の主は、ニヤニヤとした気持ち悪い笑みで眉を吊り上げる私に告げた。 「ケルハネィル・ラ・ラビットダンス様は栄えある聖女へと推薦され、めでたく承諾されました。心よりお喜び申し上げます。」 気持ちの悪い顔から吐かれる意味の解らない言葉に、淑女らしい表情を作れずに数拍もの間を頭の整理に費やすことになった。 いえ、意味は分かるのよ。 眉目秀麗、才色兼備、文舞両道。その上、伝統もあり代々宰相もしているラビットダンス侯爵家の令嬢の私が神様に愛されるのは何も不思議じゃない。むしろ必然だ。 でも、たかだか聖道院の院長ごときから突然呼び出されて、認められたと聞かされても嬉しくもない。今の私は院長の意味不明な発言にもイライラしていたけれど、ここに来るまでの度重なる無礼にもイライラしていたのよ。 まず、高位の侯爵家令嬢の私を、使い走りを使って不躾に呼びつけた事だ。 無論、心優しい私としてはこの程度なら笑って許してあげられる。後々、聖道院への風当たりが強くなるかもしれないけれど。 次に、いくら私が成人前だとは言え扉を閉めて男女2人きりにする配慮の無さ。お茶菓子どころか茶も出さない。いったい私を案内した女の躾はどうなっているのか。 無論、心の広い私としてはこの程度では青筋立てて声を荒げたりはしない。後々、私個人から贈られるかもしれない心付けの財布の紐が鋼鉄の針金くらいに硬くなるかもしれないけれど。 その上、当人も招いた客人、しかも伯爵令嬢の私を立たせておいて自分は革張りの柔らかそうな椅子に偉そうに座って立ち上がりもしない。 完全に私を、いえ、ラビットダンス家を舐めているわよね。もちろん、太陽よりも暖かく海よりも深い心を持っている私はおくびにも出さない。後々、我が家と私の嫁ぎ先から贈られる寄付金が社交界に影響が出ない程度まで渋くなるかもしれないけれど。 その程度じゃ、私の鉄壁の笑顔は崩れないはずだった。 だけど、この気持ち悪いデブは挨拶も前口上も無く、肘をついたニヤニヤ笑いのまま無作法に意味不明な言葉を投げつけてきた。 意味が解らなくてイライラするなという方が難しい話よね。 まぁ、神様の後ろ盾という強い力が院長を強気にさせているのだろうけど、私の美しい顔の柳眉の間にシワが寄らないようにする苦労が解るわよね? 「私が聖女に承認された、とはどういう意味ですか?」 まずそれが解らない。 いったい、いつの間に私は聖女なんかになったのか。いや、そもそも私が聖女に選ばれた理由は何なのか。誰がどう推薦して承認したかも何もかもさっぱり分からない。 「そのままの意味ですよ。」 「聖女とは選ばれた人が成るものでしょう?」 一応、自分の国の聖女の選び方くらいは貴族の一員として覚えている。だけど、貴族の娘が聖女に選ばれたという前例は聞いた事が無い。この国の聖女なんて紛い物は貧民から選ばれると決まっている。 「はて?お継母様から聞かれていないのですか?いやはや、侯爵ともあろう家で連絡不足とはイカンですな。」 芝居じみてトボける院長のニヤニヤ笑いは止まらない。 そして、出てきた『お継母様』の単語に心が騒めく。 美しくも優しかった生母は生まれつき体が弱く、私が5歳の時に病で倒れ鬼籍に入った。病気をも癒す治癒の魔法も生まれつきの体の弱さまでは治してくれなかったんだ。 しばらくして父は継母と再婚し、私と同い年のソソラーラという連れ子が継妹になった。 ある日、私が庭で遊んでいた時にソソラーラが慌てて屋敷に駆けていくのを見た。ドレスの手元と裾に土が付いていて、まだ魔法の使えない彼女は叱られたくなくて急いでいるのだろうと見送ったのだけど、彼女の来た方角には私の秘密が隠してあった。 大切な人に会うために、私が家から抜け出す時に使う秘密の抜け穴があったのよ。 私は土に汚れた義妹が秘密の抜け穴を見つけたのかと思い急いで確認に向かった。心配は杞憂で、途中の木の下を掘り返した跡を見つけた。どうやら彼女は何かを隠した帰りだったらしい。 幼い私が好奇心から掘り返すと中から鏡の破片が刺さった木の人形が出てきた。すぐに戻せば良かったんだけれど、幼い私は彼女を利用する手はないかと、その場所で考えを巡らせてしまった。 それが失敗だった。 鏡の破片の刺さった人形を持っている所を運悪く継母に可愛がられているメイドに見つけられ、事は大きくなってしまったのだ。 継母が大切にしていたという鏡が割れていた。そして、泥にまみれた人形に刺さっている破片は割れた鏡に一致した。もちろん私は割っていないし、それどころか遠慮して継母の部屋にさえ近づいた事が無かったのに。 それ以来、継母ともソソラーラとも決定的に距離が離れた。 私は継母を信用しなくなったし、継母も私を疎み、事あるごとにその話を蒸し返して非難してきた。後から知ったのだけど、当時から継母は自分が産んだソソラーラをラビットダンス侯爵家の跡継ぎにしたくてしょうがなかったそうだ。 あの事件はそれが表立ったきっかけに過ぎなかった。 そして、父と継母の間にタラッターラと言う娘ができた時、また家の中の構図が変わった。私を少しは擁護してくれていた父も、私を排除したがっていた継母も幼い末娘を可愛がりはじめ、そして継母にべったりだったソソラーラも同調した。いや、せざるをえなかったのかもしれない。 私は広い家の中で独りになった。 今回の一件には、私を独りにしたあの憎たらしい女が一枚噛んでいるらしい。 ------------------------------ 次回:久しぶりの『時間』でした。
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