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「やあやあ、親友。また会えたね」
川を渡った先で待っていたのは高校時代、毎日のようにいっしょに過ごした親友だった。
待ち合わせ場所に先についているのはいつだって彼女。本を手にどこかしらに腰かけ、あるいは寄り掛かって私が来るのを待っている。でも、声をかけるよりも早く気が付いて顔をあげ、メガネの奥の目を優しく細めて言うのだ。
「やあやあ、親友」
と――。
あまりにも変わりらない彼女に私はくすりと笑みをこぼした。
「今回は大遅刻ね。ずいぶんと待たせてしまったわ。……ごめんなさい」
「何を言っているんだい。できるだけ遅れてくるようにと言ったのは私だよ。約束通りだ」
カラッと笑う親友がそっと閉じた本の表紙を見て私は目を丸くした。そして、苦い笑みを浮かべた。その本は彼女が病室で繰り返し読んでいたお気に入りの本。今のペースだと最終巻を読むことはできなそうだとハタチの彼女は唇をとがらせていた。
でも――。
「そのシリーズ、結局、完結しないまま作者が逮捕されちゃったのよ」
「……逮捕? 亡くなった、とかじゃなく?」
「逮捕」
目を丸くした彼女はそのうちに気の抜けた笑い声をあげた。
「なんとも反応に困る話だね」
「でしょ? このなんとも反応に困る感じをあなたと共有したいとどれだけ思ったことか」
ため息をつく私の前に彼女の白く若々しい手が差し出された。手を取って顔をあげると彼女は眉を八の字に下げた困り顔をしていた。
彼女との約束だったとはいえなかなか会いにいけないことに私が負い目を感じていたように、彼女も私を置いて逝ってしまったことに負い目を感じていたのかもしれない。
だから――。
「六十七年もあるとずいぶんとたまるものね、また会えたら話したいこと」
ことさらに明るい声で言って私は彼女の手をぎゅっとにぎりしめた。
「それならちょうどよかった」
彼女の悲し気な表情が再び優し気な微笑みに変わる。
「六十七年もあるとずいぶんとたまっているものなんだよ、また会えたらいっしょに行きたい店が。……想像していたよりもずいぶんとにぎわっているんだよ、ここは」
目を丸くする私にウインクして彼女は先に立って歩き始めた。
ハタチの彼女と八十七才の私。孫と祖母ほども離れてしまった姿。六十七年という空白の時間。昔と同じように話せるのだろうか。笑い合えるのだろうか。そんな不安を抱えながら川を渡った。
でも、六十七年なんて、なんてことない。
「三途の川の向こう側観光だ。さあ、行こうか、親友」
「えぇ!」
六十七年ぶりなのにやけにしっくりと来る彼女との距離感にどうしようもなくうれしくなる。軽い足取りは浮足立った心のせいだろうか。それとも、死んで透けた足のせい……なんて、ね。
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