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「あなた、これは何?」
帰宅して風呂からあがると、妻の手にはピアスと紙が握られていた。
「知らない。どこにあったの。」
「知らないわけないわよ。あなたの背広から手紙つきで出てきたのよ。」
「知らないものは知らないさ。」
手紙には、「あの夜は、よかったわ。また逢いましょう。」と書いてあった。たぶん彼女の字だ。
「これは、僕をストーカーしていた部下が書いたものだ。だから僕に言われても困るんだ。」
「笑わせないで。あなたにストーカーする人なんていないわよ。それに、あなた夜が遅い日は必ず甘い香りがしてた。出張から帰ってきた時も、急用ができた時も同じ、みなみさんの匂いがした。私が知らないとでも思ったの。」
「何言ってるんだよ。みなみは僕の上司だよ。一緒に行動してれば匂いくらいうつることもあるだろう。」
「もういい。」
「何がいいんだよ。冴子。」
冴子は寝室に入った。
翌日から、冴子は口をきかなくなった。でも家事や育児は完璧にこなした。僕はどうしたら良いか分からずただただ日常を過ごしていた。
僕はみなみに事情を話すことにした。
「一度私が冴子さんに話す必要がありそうね。あなたは家族を守りたいんでしょう。」
「家族もみなみもだよ。」
休日にみなみは僕の自宅を訪れた。
冴子は驚いたようだが、静かにリビングにみなみを通した。
「冴子さん、はっきりと言うわ。私はあなたの旦那と浮気をした。」
「みなみ何言ってるんだよ。」
「だって事実でしょう。私たちは、愛し合った。何度もデートをしたわ。でもこの事実を聞かれもしないのに話すのはおかしいから黙っていた。ただそれだけ。」
「みなみさんあなた、旦那のこと好きなの。」
「好きだわ。人として素敵だし。でも冴子さんと別れてほしいとは思わない。」
「好き勝手言って。私達家族は苦しんでいたのよ。あなた達が楽しんでいる間、寂しさを我慢していたわ。腹がたったけど我慢したの。なのに二人は楽しいばかり。冗談じゃないわ。離婚しましょう。」
それからのことは、たいへんだった。結婚はあんなに簡単だったのに。生産していくことは喜びとともに片付いて行くのに、離婚はまるで片付かなかった。親権、財産分与、慰謝料など細かいことを片付ける。二人で築いた城は思いの外大きかった。
僕は家を出る日、いつもと変わらず冴子は見送ってくれた。僕は長年暮らした家を最後に見上げた。
そして深くお辞儀をした。
みなみとは、僕の離婚とともに別れた。彼女は、出世のため別の男に切り替えたらしい。
僕は、愛を全て失った。自分が悪いのかもしれない。でも本当に愛していたんだ。だから悪くないんだ。
僕は今寂しい。ひとりで暮らしてわかったことは、普通の日常は実は普通ではなくて大切にしないと消えてしまうんだと言うことだ。
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