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僕はどうしたのだろう。
今目の前に、冴子と子ども達がいる。みんな笑顔だが、後は崖であと少し進んだら落ちてしまう。
僕は笑顔で家族を崖から落とした。
「危ない。」
「どうしたの。大丈夫。」
僕は自分の今の状態を確認した。まずここはどこだ。そうだ、僕はみなみのマンションにいて明け方まで愛し合い寝ていたのだ。
「みなみ。」
僕はみなみを抱きしめた。そしてキスをする。
僕は夢を見ていたのだ。家族に嘘をつき女と遊ぶ僕は最低だ。夫としても、親としても。
でも僕は気持ちを抑えられなかった。
心の奥が熱くなりその熱いものはどうすることもできない。
僕はシャワーを浴び、自宅に帰る準備をした。
シャワーの熱は僕を日常に誘う。みなみのマンションをあとにした僕は、朝食兼昼食を駅の近くの定食屋で食べた。唐揚げ定食を選び、テレビを観ていると、有名女優の不倫が報道されていた。何やら相手はこれも有名な男優で男の方に家庭があるらしい。
二人は連日報道され、とても悪い人間だという世間の評価を得ているようだった。そうだ。悪い事なのだ。そんなことは当事者である本人はわかっているんだ。わかっていながらに辞めることができないのだ。
僕は唐揚げ定食を食べ店を出た。定食屋の近くにケーキ屋があった。子ども達はケーキが好きだから買って行こうと思った。
「いらっしゃい。どうぞお決まりになられたらお声かけください。」
「あの、フルーツのケーキを4つもらえるかな。」
「かしこまりました。何かメッセージを入れますか。」
「いや、大丈夫。」
僕はお会計を済ませ店を出た。
自宅の玄関前に来ると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。娘達がテレビ番組のことで喧嘩をしていた。それを妻がたしなめる。
「ただいま。」
僕は自宅に入った。
「おかえりなさい。食事は。」
「いらない。食べてきた。それよりケーキ買ってきたから食べないか。」
子ども達は大喜びだった。
妻は紅茶を入れケーキを皿に移しリビングに運んできた。
「あなたありがとう。とっても嬉しい。」
妻のケーキには、メッセージをつけてもらったのだ。「いつもありがとう」というメッセージだ。
ケーキを箱に入れようとしていた店員さんに僕はメッセージを入れたいというと快く応じてくれた。
僕は温かい日常に幸せを感じていた。
この日常も僕の日常であり、みなみとの時間も僕の日常だ。どちらも選ぶことなどできない幸せな時間だ。
月曜日からの仕事は忙しかった。月曜日はクライアントからの問い合わせや要望が何故か多い。
それらをさばきながら僕は新人教育もする。
まずは、メールで対応可能なものや電話で終わる内容は午前中に片付ける。その間に今日の外回りの準備を新人に指示する。クライアントの特徴も覚えてもらった。僕は花子さんに面倒を言われないよう花子さんにも気を配った。昼食をとりながらクライアントに会いに行く。僕が担当する新人は病院に連れて行った彼女だ。どうも真面目な性格をしていて、真面目過ぎて緊張し、ミスをしてしまう特徴があるようだ。僕はなるべく彼女をリラックスさせる言葉を考えて教育していく。
今日は順調に仕事が進み帰社できる。まだ定時まで少し時間があったから、新人とお茶を飲むことにした。
「今日はどうだった。」
「はい。とても勉強になりました。」
「それはよかった。身体は大丈夫かな。
僕の営業はね、足で稼ぐスタイルだから、毎日こうしてクライアントを訪問していくんだけど大丈夫かな。」
「はい。頑張ります。1つ質問しても良いですか。」
「なに。」
「なんのために、足を使うのでしょうか。
だって、御用聞きしてても売上はあるし。新規開拓ならわかりますが、既存のお客様に会いに行く必要はないのでは。」
「確かにそういう考え方もあるね。だけど僕はそういうやり方はしない。人間同士なのだから、日頃の信頼関係を作ることが必要だと考えている。
信頼関係が困った時に助けてくれる。
現に僕は裏切られることより、売上が上がらず困った時に助けてもらったことのほうが多いよ。」
「なるほど。そういうものなのですね。」
僕らは、しばらくして帰社した。
そして翌日新人は教育担当を変えてほしいとみなみに申し出たらしい。僕のスタイルでは勉強にならないそうで、別の営業についていきたいという理屈らしい。花子さんは、何故か僕に同情してくれた。
昔ながらのやり方だろうが、何故1日でそれが間違っているとわかるのだろうかと。
僕は、自分のペースで仕事ができるからかえって良かった。今日はみなみと一緒に新規開拓に行く。
僕はそれだけでもわくわくしている。
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