祝日が終わる日

1/12
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
雨がポタポタと降っている。 連休中は、楽しかったな。 いっぱい散歩して自分の住んでいた街の知らないところを少し知ることができた。 風の吹く丘は、気持ち良かった。 春の風は僕と娘2人と、犬のベルを優しく包んだ。 娘たちと、公園で食べたサンドイッチは、おいしかった。スーパーで買ったものだが野菜がたっぷりと入っていて、日頃野菜不足の僕にはありがたかった。 子どもたちは食事の後、公園の遊具で遊んだ。 昔は遊具に登ることもできなくて、泣いてたっけ。 二人がまだよちよち歩いていたときは、僕は二人を追いかけながら写真をたくさんとった。 彼女たちの日常は全て愛おしかった。 今の二人は、立派にブランコに乗り、滑り台を滑り、鉄棒で逆上がりもできるんだ。 僕は改めて子どもの成長に気付かされる。 僕はいつ間違えてしまったのだろうか。 いや、間違えてはいない。 僕は間違えなく愛している。 妻ではない別の女のことを。 そして、僕は妻と子どもたちとの幸せを捨てた。 悪いのは僕だ。しかし、元妻の冴子は子どもと時々会わせてくれる。 僕は冴子の好意に甘えこうして子どもたちとの時間に幸せを感じている。 僕は、妻や子どもたちを苦しめた人間だ。 自分でも最低だと思う。 しかし自分の子どもたちに対する愛は今でも変わらないし、冴子に対する愛も変わったわけではなく、 今でも愛している。   しかし冴子にとって僕の行動は理解ができるものではなく、僕らは離婚をした。 僕は今、ひとり暮らしをしている。 僕の魔はある日突然隙間風のように僕の心に入ってきた。僕は、残業終わりに居酒屋で飲んでいた。 その日僕は少しむしゃくしゃしていた。 僕の仕事は営業だ。今日、契約が決まるはずだったクライアントから断りの電話が入ったのだ。 「あなたのところより良くて安い商品を提供してくれる業者があったから今回は悪く思わないでね。」 悪く思うに決まっている。 僕は一年かけて信頼関係を築いたんだ。 最初は、話も聞いてくれなかった目の前にいるクライアントを振り向かすために、面白くもない飲み会や、やりたくもないゴルフに時間を使った。 本来の僕は引きこもりだ。家でゆっくり過ごすことが喜びだ。その貴重な時間は今日の喜びの瞬間のためにあると必死に頑張ったというのに。 僕は不貞腐れて喫茶店でぼんやりしていた。 少し傷を癒やせばまた復活できる。 僕は、好きな漫画を読みながら仕事中だというのにコーヒーをゆっくり飲んだ。 今回の失敗は、タイミングを間違えた僕のミスだ。 次のクライアントの案件は必ず決めてやる。 コーヒーの香りが、僕にやる気を戻してくれた。 店を出てしばらくすると、会社用スマホに連絡が入った。営業事務の花子さんだ。 この人から電話がくるということは、あまり良い知らせではない気がする。 花子さんは、転職をしてうちの会社に入社してきた人だ。もう3年経つが今だにミスも多い。 ミスだけなら周りがカバーできるが、花子さんのいけないところは、お客様を怒らす事だ。 お客様からクレームが入ると、私は関係ないからとすぐに営業に投げようとする。 普通に対応して投げてくれるなら問題はない。 しかし彼女はお客様を必ず怒らせるのだ。 注意すると子どもみたいに泣きわめく。 僕は渋々電話に出た。 「お疲れ様です。花山さん。さっき、乗口様から連絡があって、納品された商品があまり良くないみたい。対応お願いします。」 あまり良くないとは、どのような状態か。 僕はクライアントをまず探す。どこの会社の乗口様かわからないからだ。別の営業事務さんに連絡をして乗口様を調べてもらった。 僕は、すぐに連絡をしクライアントのアポイントをとり現場に向った。 解決はしたが、次の取引があるかは、わからない。 僕自身最善は尽くしたつもりだ。 帰社した僕の前には大量の事務仕事と、今日の報告が待っていた。 課長は、僕を罵った。 自分の武勇伝をまた言い出し、だから故に今の営業は、根性が足りないと言う。パターン化された言葉は右から左によく流れていく。僕は下を向きながら僕の頭上を流れていく課長の声を無視し続けた。 僕はたまたまうまくいった武勇伝のみで出世をした課長の運の良さは認めるが、尊敬などしていない。 営業は、自分の力でどうにもならないことのほうが多いからだ。 僕は残業前に妻に連絡をした。 今日は遅くなると言うと、飲みすぎないでねと返してくれた。 妻は僕が飲んで帰ることに寛容だ。 だから、僕はそこに甘えて居酒屋の暖簾をくぐる。 残業を20時で切り上げた僕は会社の近くの行きつけの居酒屋に入った。 ご夫婦で営んでいるその店は10席くらいのこじんまりとした店だ。 僕はいつもみたいにカウンターに座り、ビールを頼む。冷えたビールは僕の疲れを癒やしてくれた。 お通しは、ポテトサラダだ。 ママが作るポテトサラダは何処か懐かしく安心する味だ。僕は、焼鳥とお新香を注文し、チビチビとグラスのビールを呑む。 僕はあまり酒が強くない。 妻には安上がりで助かると言われるくらいだ。 瓶ビールを1本開ける頃には、顔が真っ赤になっている。 ビールを一杯飲み終わった僕は、次に日本酒を頼んだ。今日はむしゃくしゃしていたし、たまには呑んでも良いだろうと思ったのだ。 マスターから勧められた日本酒は飲みやすかった。 甘いお酒だが癖がなくすいすい口に入っていく。 僕は、だんだんピッチが早くなり気がつくと日本酒を5杯も呑んでいた。お酒に弱い僕は、潰れた。 お会計もうまくできずもたもたしていた僕のそばに女性がすっと現れ、会計をし、僕を肩に担ぎ店を出た。 そしてタクシーを手配し、僕のスマホから妻に連絡をしてくれた。 僕を介抱してくれた女性は、僕の上司であるみなみだった。のちに僕が家庭を捨ててまでも手に入れたいと考えた女性だ。 彼女は、僕をホテルに運び部屋に入れるとすぐさまドアを閉め帰って行った。 僕を助けた彼女、みなみは、僕の上司で部長だ。 みなみは、大学を卒業後僕と同じ会社に就職をした。営業も事務もバリバリこなして、順調に出世をしていった。 僕はといえば、あちこち蛇行して蛇行してゆっくり進んでいた。だから、40歳になる今も係長なのだ。 僕が潰れた翌日、彼女は何事もなかったように仕事をしていく。彼女の仕事の仕方は戦車だ。 戦車の行く方向には、何もなくなる。 彼女が歩けば皆成績に結びつく。 彼女は、バリバリ仕事をし、残業はせずに会社を退社した。 僕は急いで荷物をまとめ彼女を追いかけた。 「あの、山本部長。」 彼女は、振り向いた。 「お疲れ様。花山さん。」 「お疲れ様です。 昨日は、すみませんでした。 お世話になってしまい、今日お礼をしたくて。 時間ありませんか。」 「お気持ちだけで結構よ。お互い様だし。」 「いや、僕があなたにお礼をしたくて。」 「そう。じゃあ、私あなたのお礼をいただこうかしら。」 僕はみなみと、居酒屋に向った。 みなみは焼鳥が好きらしく焼鳥がおいしい居酒屋で呑んだ。 「これ、おいしい。」 みなみは、子どもみたいな表情で食べる。 笑顔が素敵な人だと思った。 久々の楽しいお酒に酔ってしまった。 僕らは店を出る頃には千鳥足になり、流行りの歌を口ずさみながら歩きはじめた。 「ねえ、きれいな夜景がみたい。」 酔った彼女はいつものクールな感じではなく、可愛らしい少女だった。僕は妻に連絡をし、今夜は帰らないことを告げた。彼女もご主人に連絡をしていた。可愛らしい声で甘える彼女。どちらが本当の彼女なのかを考えていた。どちらも彼女なのに。 僕らは夜景がきれいな川岸に歩いて向った。 彼女と僕はゆらゆらと揺れながら夜風を感じていた。僕らは自然と手を繋いでいた。 まるで魚が泳ぐように歩いた。 夜景は美しかった。夜景に照らされた彼女も美しかった。僕らは川岸にあるベンチに座った。 近くの自動販売機で水を買い渇いた喉を潤した。 僕はもう我慢ができなくなっていた。 彼女を抱き、キスをした。 彼女も僕のキスを受け止めてくれた。 「ごめん。君の中身を見たくなった。  僕に見せてくれる。」 自分でも何を言っているのかわからなかった。 「いいよ。あなたに見せてあげる。」 彼女はそう言うと、水を口に含み僕にキスをした。 彼女から注がれる温かい水は僕の喉の渇きを奪っていく。 これが僕の過ちの始まりだ。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!