73人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「……あなたみたいな人、初めてじゃないの。こうやってファミレスに呼び出されるのも。もう何回も」
彼女は驚くほど好意的に微笑み、脱力したように言った。
開き直る、というように。
「でもね、結局あの人は戻ってくるのよ。私に跪いて、やっぱりやり直したい、君じゃなきゃだめだって。その瞬間だけは、私生きている心地がした。最後に選ばれるのはいつだって私なんだって。……でももう」
彼女は両手で顔を覆い俯く。
「……もう、疲れた」
絞り出すような悲壮感の滲んだ声が胸をついた。
まるで旧友に悩みを打ち明けるような姿だ。
何も手にしていなかった幼い頃に戻ってしまったかのように、恐ろしいほどの不安が押し寄せた。
ちっとも嬉しくない。
彼を手に入れたはずなのに。
「いいよ。別れる。あんな人、もう要らない」
優人さんは、誰かの要らないものなの?
私が手に入れたものは、無価値なの?
血の気が引いて、心細さに震えが止まらない。
「……大丈夫?」
あろうことか、彼女は私の震える手を握った。
手の温かさに驚き息が止まりそうになる。
まるで津波のような、何か大きくて恐ろしいものが勢いよく押し寄せ、全て飲まれてしまうような気持ちがした。
「ねえ、これだけは言っておく。……いずれあなたも私のようになるよ」
「え…………?」
「あの人は病気だから。きっとまた、別の誰かを愛す。……ううん。愛さない。愛している振りをする」
「どうして……」
彼女は悲しげに瞳を揺らして笑った。
その顔は、私より遥かに美しかった。
「あの人は誰も愛せない。だからあなたも、別の人と幸せになった方がいい」
それは、牽制でも嫌味でもなく、シンプルな忠告のように響いた。
「あなた、若いんでしょ?もったいないよ。あんな奴」
そのあっけらかんとした一言に、今まで感じていた不安や劣等感が全て許されたような気がして、気づいたら嗚咽と共に涙が止めどなく溢れた。
自分というものを、やっと手に入れたような気さえ。
「ね、ビール頼まない?から揚げ食べられる?」
メニューを広げる彼女は、決して何も失ってはいなかった。
最初のコメントを投稿しよう!