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目の前の彼女は、ホットコーヒーに手をつけることをしなかった。
ただじっと、観察するように私のことを見つめている。
苛立ちを抑え、努めて冷静に私も彼女を見やった。
痩せ細り色白で、セミロングの黒髪はゆるくパーマがかけられている。
化粧は薄く、アクセサリーもつけていない、さっぱりした女だ。
しかし左手につけられたプラチナのリングだけは、忌々しくこれ見よがしに光る。
私は彼女の一つ一つをまじまじと見つめ、自分の方が優れているところを隈無く探し出した。
鼻筋は私の方が綺麗だ。
瞳の大きさや、唇の形も私の勝ち。
胸だって私の方が大きい。
一通り品定めが終わると満足し納得する。
やっぱりこの女より、私の方が上だ。
だからあの人は私を選んだ。
そう言い聞かせると、不安が少しだけ和らいでいく。
「優人さんと別れてください」
できるだけ毅然と声を出す。
怯むな。
ここで怯んだら、私はあの人を失ってしまう。
自分を失ってしまう。
幼い頃から私は、人のものを欲しがった。
人のものは安心する。
人が大切にしているものは、間違いがない気がするから。
人が愛したものには価値がある。
私には自分がない。自分のことがまるでわからないし、自分のことを全く信用していない。
だから人のものを奪う。
誰かの価値観を奪って、自分を作り出す。
「優人さんと別れてください。彼は私のことを愛してます。私と結婚したがってるんです」
ベッドの中で、いつも彼は「私がいい」「私と結婚したい」と言った。
その言葉を聞く時だけ私は潤い、満たされていく。
誰かより私の方が選ばれた。
だから私は生きていていいのだと。
優人さんは優しくて優れた人間だ。
こんなやつれた年増の女にはもったいない。
「別れてください」
三度目で、彼女は小さくため息をついた。
そして額に手を当て、苦笑して私を見つめる。
まるで呆れ果てたように。
「……いいよ。別れる」
優しい声だった。
その声で、心がバラバラに崩れていくのを感じた。
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