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 小学生の春樹(はるき)夏花(なつか)にとって、転校とか引っ越しというものは、もう会えない一生のお別れのように感じられるものだった。  実際、小学生が自分の力で会いに行こうと思っても、難しいものではあったのだろう。  夏休み。公園。晴天。  セミの声。  東屋(あずまや)の屋根の下、ベンチの中央を広く開けて春樹と夏花が座り、他の友人は取り巻いて二人を見る。  向かい合う二人の手には、トレーディングカードゲームのデッキ。  最近流行(はや)りのこのカードゲームを、春樹と夏花は特によく遊んでいた。  女子で遊ぶ人はさほど多くない中で、本格的に遊んでいる夏花は珍しかった。  だからといって春樹は夏花を特別扱いするでもなく、ただ一緒に遊べる仲間として、真剣に対戦した。  少なくとも、カードゲームの対戦相手としての夏花は、女子も男子も関係なく対等な相手だと、春樹は思っていた。  少なくとも、カードゲームの対戦中は。  向かい合って、春樹は夏花を見る。  夏花はデッキを手に握って、やたらとそわそわして視線をさまよわせたり、くちびるを噛んだりしている。  心なしか青ざめて、かいている汗も夏の暑さによるものでなく、冷や汗のように見えた。  緊張しているんだろうと、春樹は思った。  この対戦に、あんな約束ごとを賭けたから。  この夏休みが終わるころ、春樹は親の都合で、転校する。  そう話したとき、夏花はものすごく怒って、わめき散らした。  そうして言い合っているうちに、カードゲームの対戦で夏花が勝ったら、春樹は親に引っ越しをやめるようお願いする、ということになった。  子供が言ったところでどうしようもないと、春樹は思っているけれど。  思っては、いるのだけれど。  対戦の準備に入る。  デッキをシャッフルしようとする段になって、夏花は声を上げた。 「あ、の! これ、落ちてた、から。返すね!」  目を合わせないまま、ポケットからカードを取り出して、突き出してきた。  春樹はカードを見た。特定のキャラクターカードを山札から呼び出す、召喚の魔法と呼ばれるサポートカード。  春樹のデッキの切り札を呼び出すためのカードだった。
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