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春樹は夏花を見た。
他の友人たちも、夏花に注目した。
夏花はくちびるを噛みしめて、瞳がぐらぐらとゆれて、その目を泣きそうなくらいぎゅっとつぶって、けれどやがて意を決したように目を開いて、青ざめた顔のまま、春樹に向けて言った。
「あたし、正々堂々、戦う、から」
春樹は夏花を、見つめ返した。
そしてゆっくりとうなずいて、カードを受け取って、デッキに戻した。
今にも涙のこぼれそうな夏花の目を、春樹はなんだか、直視できなかった。
対戦が始まった。
互いにカードを並べて、戦わせる。
勝負は終盤へ。春樹の手番。
このターンで春樹が夏花のカードに対抗できるカードを出せれば、春樹の勝ち。出せなければ、夏花の勝ち。そんな局面。
そして春樹の手札に、対抗できるカードは、まだない。
手番の初めに、山札からカードを一枚引く。
引いたカードを見て、春樹は少し、固まった。
息をひとつ。深呼吸する。
やがて、夏花をちらりと見てから、引いたカードを場に出した。
「召喚の魔法」
夏花はきゅっとくちびるを引き結んで、目を見開いた。
春樹はカードの効果で、山札から切り札のカードを呼び出した。
「このキャラクターの効果で、夏花のカードは倒されて……俺の、勝ち」
誰も、何も言わなかった。
春樹も夏花も、取り巻きの友人たちも、声を発することができなかった。
夏花はぼうぜんと、ベンチの上に展開されたカードを見下ろしていた。
セミの声だけが、うるさいのにどこか遠く、鳴り続けていた。
「ふっ、ぐっ、う」
やがて、夏花から声が漏れた。
ぽたり、ぽたりと、涙も。
右手も、手札を握ったままの左手も、爪が食い込むくらい強く握りしめていた。
噛み殺そうとした口も、ぐしゃぐしゃにつぶった目も、あふれてくるものを抑えることができなかった。
「ふぐっ、うぅ、えぅ、ぐ、うっえ、ふぐぅぅ……」
春樹は静かに、うつむいた。
セミの声が、うるさいのにどこか遠く、鳴り続けていた。
その後、春樹は夏花と話すことも会うことすらもなく、転校した。
何か話したところで、よけいに別れがつらくなると。
夏花のためだと。
春樹は、そう考えた。
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