Ⅲ.

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 あの新聞が伝えた事実。  被害者たる人形たち、その真物が生きていたこと。そして彼女たちが一様に貴族の娘であること。この二つの事実は、人々の間である憶測を呼んだ。曰く、偽物の彼女たちは皆、「機械花嫁」だったのではないか。  真偽の問題に反するのみならず、「機械花嫁」という悪しき貴族慣習を匂わせるこの報道は、世間に衝撃を与えた。機械花嫁は、貴族の中では常識であっても、他の人々にとっては歴史上の存在でしかなかったのだから。  そもそもだ。貴族はこの時代に迎合されていない。  ブレッティ街に生きる化石。時の忘れ物。錯誤的な装飾。マックスの住むアパートの大家だって貴族の服装を嫌った。人々を区分する時間はもはや過ぎ去ったのだ。だのに、貴族は未だ存在する。国にとっても、より多くの税を納める貴族をわざわざ排除する必要がないのだろう。人々の反感を買っていたとしても、“貴族”という存在は国にとって大切なものだった。  しかしながら、今、貴族の不祥事に対して多くの人が動いた。貴族に対する鬱憤が堰を切ったように溢れ出した。一つ正当な攻撃理由を見つけた彼らは、それを契機として走り出したのだ。  聞けば彼らの中にはMr.X を救世主のように崇める者もいるらしい。人間のエゴイズムに囚われていた人形を解放し、彼女たちの存在を世間に示したのだという考えだ。恐れていたはずの事件を一転して正義のように扱う彼らには色々と思うところもあるけれど、まぁそれはどうでもいい。個人的には、この貴族排除のために持ち上がった論──“機械花嫁の解放”について興味がある。それは、Mr.X の意図を正しく汲んでいるのではないだろうか。  彼の登場によって──もっと細かく言えば、彼がエルメ嬢を壊したことによって、機械花嫁の存在はようやく明るみに出た。これは、世にその存在を示すという意味で、彼女たちを救済したに近い。アレクシスの計画も、彼の記憶を見る限り、かの加害者なしには考えられないようだ。  Mr.X の正体については、正直なところおおよその見当はついていた。アレクシスの記憶にはその性別も書かれていたし、彼らにのみ通じる音があったのならば、あの時、彼の瞳に光を見出したアレクシスは何かを伝えたはずだ。  けれど、それが分かったところで、アレクシスの計画が今どこにあるのかは分からない。世間を賑わせる事件、その中心に近いところにいるのに、僕は全てを把握しきれていない。漠然とした推測しか持ち得ないのだ。  言いようのない感情が胸を占める。これは不安だろうか、それとも期待だろうか。  ぼんやりと見つめていたブレッティ街に、不意に光が走り、やがて我が家の玄関前に一台の車が停まった。また長く考えに沈んでいたのか。顔を上げると時間はだいぶ過ぎていて、つい息を含んだ笑みを零した。来客だ。
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