第四章 Ⅰ.

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 考えに浸る中、殊更大きな機械音が響いた。終わりが近い合図だ。肩越しに振り向けば、当然ながらそこには彼がいる。 無数のコードに繋がれた、微動だにしない姿。剥き出しになった左腕と首筋。内部の金属が、薄暗い部屋の中で微かな光を弾いている。  ──アレクシス。  リリディ街の機械人形を参考にしながら造り上げた、たった一つの僕の秀作。  僕の予想が正しく、この記憶の空白時間で彼が何かを企てたのならば、リリディ街以外での“思考可能な機械人形”製造は成功だったと言えよう。まあ彼は前から人間的であったし、研究の成功は随分前に分かっていたけれど。  でも、今回の彼の記憶は今まで以上の成果を示していた。だって人間を欺こうとしたのだ。エルメ家の親子も、舞踏会にいた貴族たちも、──それから、僕も。  くしゃりと、紙が潰れる音の中。視界が傾く。指が頬を撫でる。  彼は果たして、どこまで行くのだろう?  事によれば僕よりも人間的な感情を抱くことが多いアレクシスは、この数年で随分と機械人形らしくなくなっていた。普段の表情の乏しさは変わらないけれど、思考はだいぶ人間寄りになっていると思う。さっきの問いもそうだ。自分の存在意義を問い憂うなんて、とんでもなく生物的じゃないか?  きっと、アレクシスと同じように考える機械人形は多い。特に真物の在る偽物は、その多くが自分の存在を憂いている。 じゃあ、彼らも生物的な思考を持っているということになるのか? ならば彼らと僕たち人間の差異はどこに生じる。彼らは大前提として機械人形であって、そこに命はなくて。しかし、それならば彼らの思考は──。 不意に、ひやりとした沈黙が頬を掠めた。気が付けば、辺りを踊っていた機械音は全て空に消えていた。  彼の記憶は終わりを告げ、文字を打つ機械は次の指示を待っている。暫し呆けた後、すぐに噛まれた紙を受け取ってその電源を切った。  時間を忘れて考え込むのは僕の悪い癖だ。珈琲と機械の熱が失われた室内で、身体は随分と冷えてしまっていた。 ひとまず動いて熱を持とう。深い椅子から立ち上がり、受け取った記憶を卓上で軽く整える。それと同時に僅かな物音が鼓膜に触れ、身動ぐ空気に振り向いた。  白い瞼は震えていた。眉根が寄る。微かな唸り声。  やがて、瞼が皺を寄せるほどに強く瞑られた。そして幕は、徐に開く。表情を宿した翠の瞳が、ゆっくりと姿を現した。
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