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「アレクシス」
ポットから顔を上げる。
「君たちの声を示すものが音じゃなくても構わないなら、それは文字と同じように一つ一つの長さや高さで変わるものなのかな」
僕を見た彼は、けれど、すぐに「さあ」と手元に視線を落とした。茶葉が揺れる音がする。
「これを君に伝えてしまっては、全ての人形から恨まれてしまう。だから言えない」
「ああ、そうか」
ソファーに置いた手に、顎を乗せる。研究者としては解明したかったけれど、大切な友人にそう言われてしまっては弱い。
彼に同胞を裏切ってほしい訳ではないので、僕は「じゃあ仕方ないね」と指を振った。まあ、優秀な助手がいる限り困ることはないだろう。
「それで、あの音は何て?」
「リリディ街の、北へ来いと」
両手にカップを持ってキッチンから出てきたアレクシスは、紅茶を卓上に置くとこちらへ手を伸ばした。何も言わないその掌に眉を上げ、鞄から取り出したノートを載せる。
「ディクティッタ時代のリリディ街、ね」
「ああ」
彼は頁を捲っていく。紅茶を飲みながら待っていると、辿り着いたらしい目的地が目の前に広げられた。
アレクシスは、リリディ街とディクティッタに指を這わせる。
「ディクティッタ期よりリリディの名を冠していた街」
その、北。
「なるほど。例の空白地帯か」
「ああ、船内で話して以来だったな」
アレクシスがそのごく僅かな差異を示す。彼の指の腹で隠れるほどの、ほんの小さな違い。
「機械人形から機械人形へ宛てた呼びかけだ。出版年を考えるならば、反旗を翻すにあたって、人間に気付かれないよう同胞を集めるためのものだろう」
「なるほど。あの革命は北から南に下ったから、リリディ街北部が蜂起の起点となった可能性は高いね。しかし、ここに博士がいるのか」
空白に、視線を落とす。
「地図には載っていない場所。加えて、あの革命の核であったかもしれない場所、ね」
「いくら博士が渡航したのが国として成立した後とはいえ、蜂起の起点となった場所に人間を入れるとは考えにくいな」
アレクシスの翠と目が合う。慎重に細められた視線に首を傾げた。
「けれど、それがクリスティさんの答えなんだろう?」
「行くのか」
「博士には一度お目見えしたいからね。嫌かい?」
「あの街は嫌いだ」
だが、と言葉が続く。
「そこに真実があるのなら、行かなくてはならないと思う」
「じゃあ決まりだね」
話とともにノートを閉じる。アレクシスはまだ渋い顔をしていたけれど、何か意見があるわけでもないようだった。
「申請が必要だな」
「ああ、いや。伝え忘れていたけど、もう手続きは済んでいるんだ。日程は決めていないけれどね」
「は、元から行くつもりだったのか」
「まあね」
そこに目的が加わったに過ぎない。目を瞬かせる彼に笑いかけた。
「君の計画が今、どの段階にあるのかは知らないけれど。終わり次第ここを発とうか。そしてこの屋敷ともお別れだ、残念ながらね」
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