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そして、私の膝に置かれた手を夕香ちゃんは握った。
「忘れないでね、朝美ちゃん」
忘れないって、何を? 星が光る理由? それとも──。そこまで考えて、私は俯く。夕香ちゃんの顔を見ることができなかった。
「朝美」
背後からお母さんの声が聞こえた。微かに売店のビニール袋が擦れる音も聞こえた。助かった。私は二人を見ずに立ち上がった。
「もう、帰る」
「もう? お菓子、買ってきたのよ」
「要らない」
そう言い残して私は走って部屋の外に出た。病院で走っちゃいけない事は知っているけれど、今はここから逃げ出したい気持ちが勝っていた。
エレベーターを待つのももどかしくて階段を走るように駆け降りる。いつのまにか視界は歪み、ポタポタと涙が零れ落ちていた。
私は病院の外に飛び出した。
夕方と夜がマーブル模様のように混じった空気が、スンと私の頬を撫でた。
「夕香ちゃんなんか、嫌い!」
私は病室がある方を向いて叫んだ。
「夕香ちゃんのせいで今年のお花見は行けなかったし、スタジアム観戦も行けなかった。試合も、誰も応援に来てくれなかった。もう夏だよ。夏休みもベッドの上で寝てるつもり? 今年の旅行は? 遊園地に行こうねって去年計画立てたじゃん。なんで、なんで、なんで。……居なくなるみたいな事言うわけ?」
私はしゃがみこんで泣いた。周りに人は居なくて、時折車が通る音だが聞こえる。辺りには私の泣き声だけが響いた。
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