25「真実の先の真実」-4-

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25「真実の先の真実」-4-

 稀葉だけが知っていた真実――それは、おそらくは20年間、誰も知りえなかった真相だった。 (壮斉……響輝?)  狗飼は話を終えてもなお、身を震わせて泣きじゃくる稀葉を腕に抱き止めながら、聞き覚えのない名を心の中で復唱する。必死に記憶の糸を手繰り寄せる。  これまで自分が調べた20年前の関係者の中にはいない人物である。関係者として記憶はしていないが、かつて継父が懇意にしていた政治家の名前が壮斉秀明であることは知っている。  たしか、10年以上前に世間を騒がせた汚職事件の中心人物だ。 事件の関係者と思敷き人物の不自然な自殺が相次ぎ、壮斉の名は一気に地に落ちた。ほどなくして一族は揃って政界から姿を消している。その中には逮捕されて実刑を受けている者もいた。 危機察知能力が長けているのか、事件が起きる前からすでに継父は壮斉と縁を切っていたはず。  その孫ともなると、さすがに狗飼はその存在を把握していない。  しかし、もう今更どうでもよかった。  真実がわかった。  そして……稀葉は止めようとしてくれたことを、知れたのだから。 「稀葉」  ギュっと強く稀葉を抱きしめる。 「話してくれて、ありがとう」  中庭で出会った少女のことを狗飼はずっと覚えていた。  あの時の稀葉は人見知りで内気な印象の少女だった。 父のことがあり、病院には嫌な思い出しかなかったため、もう会うこともないと思っていた。 そんな忘れかけていた頃に再会したのだ。義理の妹として。  稀葉は自分のことなど覚えていなかった。その程度の印象だったのだろうと、さして気にはしなかった。ただ、最初に出会った頃の内気な少女という印象とはずいぶんかけ離れたやけに活発な少女であったことに驚きはしたが。  記憶をなくしていたのなら、自分を覚えていなかったのも無理はなかった。 「私、私、……遥ちゃんのパパを……!」 「おまえは悪くない。いいから、もう、いいんだよ」  狗飼はなおも罪の意識に震える稀葉を連れて、病室へと戻る。  病室には、看護師と共に寺代が待っていた。そして、父である昴もいた。 「稀葉!」  昴はすぐに狗飼と稀葉のもとへ駆け寄る。狗飼は継父に稀葉を支える役割を譲った。 「無事でよかった」  心底安堵したようにつぶやき、それから稀葉の右側頭部に固定されているガーゼを痛々しげにさする。 「ごめんなさい、パパ」  稀葉は心配をかけてしまったことを素直に謝る。それから狗飼の横に立つ寺代へと視線を移した。  会うのは20年ぶりだ。  あの時、口髭がやけに印象的だったが、今はその髭もそられており、昔と比べて小奇麗になっている。しかし、面差しは変わっていない。 「寺代先生、あの時助けてくださって、ありがとうございます」 「思い出したんだね」  寺代は何とも言えない苦々しい表情だった。 「遥一……! 稀葉に、稀葉に悪気はないんだ。悪いのは私なんだ」  昴は稀葉をかばうため、必死に許しを請うための言葉を紡ごうとするが、その懺悔はもう必要のないものだった。狗飼は首を振り、彼の言葉を制する。 「もう、いいんです。何があっても、稀葉は俺の妹です。そしてあなたも、俺の父親であることに変わりはありません」  その言葉に、昴は息を呑む。  おそらく、ずっと父親であること、家族であることを受け入れてもらえていなかったことを昴は感じ取っていた。それは仕方のないことだとあきらめていたのだ。  そして真実を知ってしまったら、家族と認めてもらえないばかりか、生涯許されない深い憎しみを向けられるであろうことを覚悟していた。  稀葉は昴に支えられ、ベッドに横たわる。それからすぐに看護師が頭部の傷の程度や体温、脈拍、血圧などの異常がないか確認してくれた。そして問題がないことを告げ、病室から出て行く。  寺代は窓の外を見る。  長い夜が明けようとしていた。
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