遺恨

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─17─  静かに理科室のドアを開ける。 「あれ……」  あきらが何か異変に気付いたようだ。 「どうした?」 「前に入ったときより、薬品の臭いがきついんです」  あきらの言う通り、何とも言えない薬品の臭いが充満している。 「同じ教室でも、少しずつ変化してるんですね……」 「確かに、最初にコンピューター室に入った時は、暗いだけで何も起こりませんでしたね、そう言えば」  赤井先生が、思い返すように話す。  何気に薬品棚に目をやると、ノートが立てかけてあった。 「あそこの薬品棚に日記のようなものが入ってますよ」   ノートを取る為に、薬品棚を開けようとしたが開かない。 「だめです。鍵が掛かってるみたいで」  薬品棚だけに、勝手に持ち出せないようにしてあるようだ。 「あ……。もしかして、その鍵ってこの中にありますかね」  赤井先生が、ポケットから鍵の束を取り出した。 「職員室に入った時に、鍵の棚から持ってきたんです。何かに役に立つかと思って」 「さすが! 先生!」  赤井先生の機転の利いた行動に、俺とあきらは思わず拍手した。  すると、雰囲気を壊すように、花梨が割り込んできた。 「うるさいわね! 化け物が気づいたらどうすんのよ!」 「うるさいのはお前だよ」  あきらがつかさず反論する。 「わかったわかった。確かに、うるさかったな。今、揉めても仕方ないだろう。花梨の注意は正しかったかもしれないが、言い方には気をつけろ、な?」 「わ、わかったわよ……」  鍵の束から薬品棚の鍵を見つけ、開けようとした時、突然放送が鳴りだした。 「な、なんだ」 「こんなに大きい音、化け物にバレちゃうじゃない!」  突然の大きな音に動揺する。 「菊田凜華、菊田凜華、至急、視聴覚室、赤井の所まで来てください」  赤井先生の声?  一斉に赤井先生の方を見る。 「これは……ちょっと覚えてないですね。それにしてもなぜ、このタイミングで」  赤井先生も戸惑い、不安そうな顔をしている。  案の定、放送に反応した化け物たちが教室から出てきたようだ。 「もう! 最悪! どうするのよ!」 「まだ死にたくない!」  あきらも花梨も動揺し、その場でたじろいでいる。 「おい! どこでもいいから隠れるんだ!」  俺の呼びかけに、あきらが掃除道具が入っているロッカーに隠れようと走る。それを阻止するように、花梨が横からあきらに体当たりし、無理やりロッカーに入った。  あきらは完全に出遅れ、ロッカー横の棚と棚の間に隠れた。 「あきら! そこじゃ、丸見えだ! 俺んとこ来い!」  呼び寄せようと声をかけたが、こちらに移動する間もなく、化け物が入ってきた。    息を殺す……。  俺は、黒板寄りの机の下に隠れ、化け物を目で追う。こちらに気づいたらすぐ逃げ出せるように、動きを確認する。  入ってきた化け物は、ツインテールをしているようだが……。 「はっ……」  顔を見た途端、思わず息が漏れ、慌てて口を手で覆う。  その顔には、長くて太い針が無数に刺さっていたのだ。目を背けたくなるほど痛々しかったが、顔以外は、普通の女子中学生のようだ。  その化け物は、徘徊するというより、足取りに迷いがないように見える。  丸見えのあきらには目もくれず、一目散にロッカーへ行き、その前で止まった……。  次の瞬間、ロッカーを何度も叩くような音と同時に、張り詰めた空気を切り裂くような金切声が部屋中に響いた。俺は怖くなり、思わず耳を塞ぐ。  化け物の顔に刺さっていた全ての針が、ロッカーへと向け突き刺さっていた。振り返った化け物の顔からは針が無くなっており、針が抜けたあとはまるで、蜂の巣のように、無数に穴が開いていた。  化け物は、何事もなかったかのように、また周りには興味を示さず、教室を出て行った。    静かな空間が広がる……。 「ギイイイ」と、音と共に、ロッカーが開いた。  ぐちゃりと針が抜ける音がし、恐る恐る机の下から花梨を見た……。  そこに立っていたのは、もやは、花梨かどうかも確認できない。  あの、ご自慢の顔は穴だらけで、その穴には血が溜まり、次から次へと溢れ出ている。  長くて太い針はロッカーを貫通し、花梨の顔を突き刺していたのだ。 「花梨……大丈夫……か?」  おぞましい状態になった花梨に、赤井先生が近寄る。あきらは、腰が抜けたように動けずにいる。 「い、い、痛い……痛い……痛い……いた……」  花梨は話すことはままならず、その場で倒れた。  「花梨! 花梨!」  赤井先生の呼びかけに、反応はない。俺も、恐る恐る近づく。 「なんてことだ……」  一瞬にして、全身が粟立つの同時に、猛烈な吐き気が襲い、必死に堪え、苦しさで涙目になる。 「先生……」 「この出血の量じゃ、もう……」  その時、ガタガタと花梨の体が痙攣しだした。咄嗟に抑え、呼びかけるも、次第に動かなくなり、目を白黒させ、そのまま呼吸が止まった……。    動かなくなった花梨のその目は、空虚をを見つめていた。  
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