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─2─
──だめだ。
近くにある警察署へ行ってきたが、あの様子じゃ、まもとに捜査してくれそうもない。やはり、二十歳という年齢が故に、家出か、ただの外泊ではないのかと諭された。集団失踪の可能性もあるんだと強く抗議してみたものの、何かあったら調べてみますからと、いなされた。
何かあったらとはなんだ。何かあってからでは遅いのだ。しかも、既に何かが起こっているんだ……俺にはわかる。
こうなったら、自分の目で確かめに行くしかない。明日、早朝から出発することにしよう。それにはまず、会社に連絡を入れなければならない……。係長に電話しておくか。
「お疲れ様です、五十嵐です。夜分にすみません」
「どうした?」
「はい……実は、弟のことなんですが、二日前から帰って来ないんです」
「なに? 君たち二人で住んでたよな? 連絡も来ないのか?」
「はい。こちらから連絡しても、繋がらなくて……」
「そうか。それは心配だな……」
係長は言葉に困っているようだった。
「そしてもう一つ、気がかりなことがあるんです」
「気がかり?」
「陽太は同窓会に行くと言って、家を出たんです。そして、同窓会に行った他の人も音信不通なんです……」
「え……」
言葉を失っているようだった。そして、絞り出すように続けた。
「それって、もしかして集団で……」
「──そうかもしれないと、僕は思っています」
「まさか……。け、警察には連絡したのか?」
「はい。さっき近くの警察署に行ってきました。ですが、軽くあしらわれてしまいました」
「ひどいな……」
「それでなんですが、明日、お休みを頂いて、自分の目で確かめてこようと思うんですが……」
「それはだめだ! いや、休むの事が、ではなく、一人で行くのが、だ。危険すぎるだろ。もし、五十嵐の言う通り、集団失踪となると、その会場に凶悪犯がいるのかもしれない。あまりにも危険だ」
係長の言っている事は正しい。
「ごもっともなんですが、警察が聞き入れてくれない以上、自分で行くしかないんです。弟をこのままにしておくことは出来ないんです……」
「うーん。困ったな……」
「行くだけで、危ないことや無理なことはしません。何かあったらすぐに警察にも連絡します!」
少し沈黙が続いた。
「そうだな、弟さんのこと心配だよな。俺が五十嵐の立場でもそうすると思う。だけど、何かあったら必ず警察に連絡すること、無理に会場に入らないこと。いいな?」
「はい」
「ちなみにだが、同窓会の会場はどこなんだ?」
「昔住んでいた、武野咲町の中学校です……今は廃校ですが」
「廃校?」
「はい、廃校でやるというのも気になるところなんです……」
「それは変だな……まあ、いい。俺の幼馴染が刑事だから、何かあったら頼んでやるから」
「はい、心強いです。それでは明日お休み頂きます」
「わかった。気を付けてな」
これで、準備は整った。明日に備え、今日は早く寝ることとする。
「ブーブーブー」
枕元に置いてあるスマホの振動が後頭部を刺激し、目が覚めた。
「何時だよ」
今にも閉じそうなまぶたを持ち上げ、寝室の時計を見ると、まだ三時半前だった。それと同時に、こんな時間に電話が来るなんておかしい、陽太かもしれないと、慌ててスマホを手に取る。
非通知だったが、何かの事情で違う電話からかけているのかもしれないと勢いよく体を起こし、電話に出る。
「もしもし!」
「……み……」
雑音が激しく聞こえない。
「陽太なのか?」
「……み、つ……」
「なんだって? よく聞こえないんだ! 陽太なのか?」
「み……つけ……て」
み、つけ、て……見つけて?
「見つけてと言ったのか? 大丈夫なのか? 陽太! 陽太!」
聞き直したときには既に、電話は切れていた。
陽太が、助けを求めて電話をかけてきたのか?
──いや待てよ。今の声……女性だったな。
動揺していたこともあり、冷静さを失い、陽太だと思い込んでいたが、よくよく考えれば、明らかに陽太の声ではなかった。完全に女性の声。しかも、ノイズが激しく聞き取るのがやっとだった。
電話の向こうから聞こえた声は、生気が感じられないというか……消え入りそうな声だった。
「あ……」
いやいや、違う。そんな訳あるか。時間が時間なだけに、不気味に感じているだけだろ。いたずらだ、これは。
頭を振り、余計な雑念を取り払う。
もう眠れないと判断した俺は、コーヒーを飲みながら、もう一度陽太の卒業アルバムを見返すことにした。
「それにしても、自殺って。何があったんだろな……」
幸い、いじめの経験はなかったが、いじめの手前のようなことは何度かあった。原因は明白だ。俺の性格は万人受けではなく、理解されないことは自分でも十分わかっている。
それにしても、自殺をするなんて、余程酷いことをされたに違いない。誰か助けてくれるような人はいなかったのだろうか。
──そういえば担任は誰なんだ。顔が気になり、アルバムをめくる。
「赤井俊介。ずいぶんと若いな……」それが、素直な印象だった。加えて、容姿端麗。
「遊び放題だな……」そう思ったが、すぐにこれは偏見だと頭の中で訂正した。
自分の受け持った生徒が自殺とは、さぞ傷ついたことだろう。その先の教師生命に支障をきたしたかもしれない。
きっと「どうして助けてくれなかったのか」と、保護者に責められたに違いない。
こういうとき、若さはマイナスに作用する。特に、田舎町だと、若い=未熟、と思われやすい。
今回の同窓会には、担任も出席したのだろうか。もし、出席していたのなら、同じく失踪しているかもしれない。
ぬるくなったコーヒーを飲み干し、カップをシンクに置く。
「帰ってきてから洗うか」いつものように、後回しにしようとしたが、ふと頭によぎる。「帰って来られるのか……」と、思い直し、カップを洗う。
そのあと、クローゼットからリュックを取り出し、なんとなく備えてあった食料品、懐中電灯、そして、念の為に卒業アルバムをリュックに詰める。備えあれば憂いなし……心配性な性格が、こんなところにも顔を出す。
さて、少し早いが出発するか。
窓の鍵、ガス周りを確認し、部屋の電気を消した。外はまだ薄暗く、部屋の中が暗くなってしまった。その時、またスマホが振動した。びくっと驚き、思わずスマホを落とし、慌てて拾い上げる。
「──もしもし」
「……」
「もしもし!」
俺は怖がってなどいないと言わんばかりに、大きな声を出す。しかし、ノイズで何も聞き取れず、そのまま切れた。
また、非通知だった。明らかにさっきの電話と同じだろう。
不気味さと、不安が入り混じり、背中に冷たい汗がつたう。
第六感など信じているわけではないが、不吉な予感を全身で感じ取っている。この暗い部屋を一刻も早く出たい衝動にかられ、急いで外へ向かう。
飛び出すように出た外は、遠くの空が微かに曙色に染まりつつあった。早朝だというのに、体にまとわりつく空気で不快な気持ちになる。駐車場に止めてある軽自動車に乗り込むと、リュックサックを助手席に置き、シートベルトを締めた。道のりはわかってはいたが、念の為カーナビを設定しておこう。カーナビは俺の気持ちなどおかまいなしといったように、いつもと変わらない、淡々とした声で、「目的地へのルートガイドを開始します」と告げた。
久しぶりに町に行くことになるが、今や、実家は札幌にあるため、たいした思い入れは正直ない。
俺は、昔から田舎が嫌いだった。何かあるとすぐに噂として広まるし、妙に結束力が強いのも苦手なひとつだ。高校進学を機に家を出て札幌に住み始めたときは、解放感を感じた記憶がある。絶妙な距離間が俺には気楽だった。
よく都会に住んでいる人が、将来は田舎に移住したいと言っているのをよく耳にするが、正直、田舎の本質をわかっていないと思う。住めばすぐに後悔するだろう。だが、これらは全て、自分が住んでいた町での感想であり、全ての田舎でそうであるとは限らない。中には、住みやすいいい町もあるだろうが……。
薄暗く、はじめは運転しずらかったが、徐々に明るくなり視界がよくなってきた。札幌を抜けるとわりとすぐに、景色が激変し、畑や、田んぼが目立つようになり、車線も一車線となり、走りすくなる。
運転中、今回の同窓会について考えた。
そもそも、廃校で同窓会など聞いたことがない。それに、入れるのかが疑問だ。建物は人が住まなくなると、途端に駄目になっていく。記憶が確かなら、陽太が卒業した次の年に廃校になっているのだから、少なからず四年は経っていると思われる。そうなると、多少なりとも老朽化が進み、天井や、廊下が抜け落ちていたり、窓ガラスが割れていたりと、危険だ。そんなところに入る許可が下りるのだろうか。それとも、今流行りの、リノベーションでもしてあるのだろうか。
どちらにしろ、音信不通になる原因にはならない。
廃校舎で何が起きているのか。弟は無事なのか。そもそも、そこにいるのだろうか。
行かないと何も始まらないとわかってはいるが、次々に疑問や不安が押し寄せ、海岸のごみのように蓄積していく。
しばらく車を走らせると、行く手を阻むように道路工事が行われており、片側通行でなかなか前へ進まない。まるで、急いでもいい事がないと、言わんばかりである。
進まぬことに苛立ちを覚えるが、この人たちはただ、自分に課せれれた仕事をしているだけであり、好きに車を止めて遊んでいるわけではない。むしろこの暑い中、屋外で、我々が安全に走行できるよう工事をしてくれているのだから、感謝すべきだろうと、旗を振る警備員に頭を下げる。
やっと進んだかと思えば、今度は前の車が遅い。のろまだ。ふと、この道路は何キロ制限なのだろうかと標識を見た。『50』と書いてある。そして、自分の速度メーターを見る。四十キロだ。
通りで遅いわけだ。追い越し禁止ではないことを確認し、安全に追い越す。追い越す瞬間、ちらっと運転席に目をやると、あろうことか、スマホを見ながら運転しているではないか。「器用だな」と、皮肉めいた言葉をぼやき、また、まっすぐ伸びる道をひたすら前へ進む。
しばらくし、静かだったカーナビが、次の信号を左だと告げた。その先にはコンビニがある。立ち寄ろうかとも思ったが、一刻も早く、目的地に着きたかった俺は、そのコンビニを通り過ぎ、スピードアップした。
またしばらく同じ風景が続き、運転に飽きた頃だった。突然の雷雨。一瞬にして、空は黒く厚い雲に覆われ、大粒の雨が叩きつけるように、フロントガラスに当たる。そして、黒い雲の中で、稲光が絶え間なく光っている。
ワイパーは意味をなさず、前が見えないほどの雨。恐怖さえ覚える。スピードを緩め、目を凝らしながら走る。
すると、五分も経たぬうちに、今までの雨が嘘のように止み、雷も静かになった。黒い雲が少しずつ消えていき、日差しが戻ってきた。
「なんだったんだ」と、呟きながら、長く続かなくてよかったと安堵した。
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