遺恨

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─21─   しばらく技術室で過ごしたが、チャイムが鳴らないので視聴覚室に向かうことに決めた。 「先生、さっきはごめんなさい」  少しの間、大人しくしていた凜華だったが、赤井先生の機嫌をとりに、また纏わりついてきた。 「わかったから、やめろ」  腕を振り払いながら凜華を見るその目は、まるで、汚物でも見るようだった。それに気づいたのか、凜華は真顔になり、スッと腕を引き、その場から離れた。  凜華は、赤井先生に嫌われないように気を使っているように見える。時間が経った今でも、凜華は先生のことを、恋の対象として見ているようだった。  それにしても、赤井先生の態度が気になる。あきらや、俺に対する態度と、凜華たちに対する態度が明らかに違う。どちらかというと、男性には優しく、女性には冷たく接していると言った方が正しいのかもしれない。男性に対しては穏やかな口調で、女性と話すときは、突き放すような言い方で温かみを感じない。  もしかすると、神野の件で、赤井先生自身も七人を恨んでいるのかもしれない。約二年間、すぐそばであんなひどいいじめを見てきたのだ。女性に対して、トラウマ的なものを抱えたとしてもおかしくはない。   「そろそろ行きましょうか」  赤井先生の呼びかけに、重い腰をあげた時だった。立ち上がったと同時に、作業台の内側についている、道具入れから、一冊のノートが落ちてきた。 「あれ……」  手に取ると、交換日記だった。 「赤井先生、交換日記がありました」  交換日記という言葉に、凜華も反応し、近寄ってきた。 「読んでみましょうか」    どうやら、日付は書いていないようだった。  先生、進路の相談、聞いてくれてありがとうございまいました。先生の力強い言葉を聞いて、受験してみようと決めました。いつも、親身になってくれてありがとうございます。 神野桃花  神野、久しぶりに日記を渡してくれて嬉しかったよ。今の神野なら、札幌の高校、どこでも受かると思う。それくらい優秀だということ、自信を持ってほしい。こんなに辛い日々を過ごしているというのに、自分を見失わず、将来のことを考えて勉強しているのは、本当に頭が下がるよ。これからも、全力でフォローするからな。  赤井 「ちょっと! 何なのよこれ! 私聞いてないわ、桃花と交換日記していたなんて!」  凜華が突然声を荒げ、赤井先生に詰め寄った。 「なんで、凜華に言う必要があるんだ?」 「な、なんでって……」 「神野の相談相手になっていたんだ、俺は。それの何が悪い? 俺は、担任だぞ」  凜華と話している赤井先生の表情に、恐怖にも似た感情を抱いた。女性と話をするとき、どうしてこんなにも、熱を感じなくなるんだ。赤井先生の顔から、表情がスッと消える。美雪に至っては、話しているのさえ見ていない。美雪もそれをわかってか、話しかける様子もない。  普通に考えれば、自分の教師生命を絶つ原因を作ったのだから、恨むことはなんら不思議ではない。しかし、何か腑に落ちないのだ。しっくりこない。   二人の会話を見守る中、あきらが近寄ってきた。 「なんか、先生怖いですね。どうしたんですかね」 「あれ? 昔からじゃないのか?」 「違いますよ。赤井先生は、誰にでも優しかったですよ。特に、凜華とは仲がよかったと思います。だから、凜華も勘違いしたんですよ」  いじめのリーダーと、仲がよかった? それも、凜華が勘違いするほどに……。てっきり、凜華が勝手に好きになり、赤井先生に纏わりついていたと思っていたが、凜華が勘違いするような接し方をしていたのは赤井先生の方だったのか。それはどんな接し方だったのだろうか。 「あきら。勘違いするほどって、具体的にはどういう接し方だったんだ?」  あきらは、当時の記憶を呼び起こすように、視線を右へ左へと動かしながら、話してくれた。 「赤井先生が担任に決まって、女子の大半は喜んでいたと思います。凜華に限らず。若くて、かっこよかったですから。確か、凜華への態度が変わったのは夏休み、海でキャンプをしてからだと思います。よく話かけていましたし、二人で話し込んだりもしていました。女子を下の名前で呼ぶようになったのは凜華が最初でしたし。これに、凜華はだいぶ舞い上がっていましたね。とにかく、凜華のことがお気に入りなのかなっていう印象はありました。だから、さっき、あんな風に冷たく接しているのを見て少し戸惑いました」 「お気に入りか……。それは、凜華がよく懐いていたからってことなのか?」 「まあ、それもあるとは思いますけどね」  誰だって、自分のことを好いてくれるのは嬉しいものだ。例えそれが、教師だとて同じだろう。よく懐いてくれる凜華をかわいがるのは不思議なことではないが、いじめのリーダーと仲良くしているところを、神野はどんな気持ちで見ていたのだろう。不信感はなかったのだろうか。  考えれば考えるほど、赤井先生がわからなくなる。というより、疑念が増えていく。  とにかく、今は視聴覚室に行って、次の手がかりを探そう。 「あきら、行けるか?」 「はい、行けます」  下していたリュックサックを背負い、立ち上がった時だ、技術室のドアがゆっくりと開いた。後ろを気にしながら、女性が静かに入ってきた。 「ちょっと、大きな声出し過ぎよ! 廊下に丸聞こえだったわよ、凜華!」 「愛理?」 「凜華も美雪も、まだ生きていたのね」  愛理……。いじめのグループの一人、尾田愛理。 「あれ、先生もいるし、知らない人もいる。随分生き残っているのね」 「愛理、お前も生きていたんだな。よかった」  赤井先生が、愛理に気づき近づいてきた。しかし、赤井先生の言葉に、愛理の反応は意外なものだった。 「この事態を招いたのは、先生と凜華なのに、よく無事でいたなんて言えるわね。責任とりなさいよ」  いじめの原因がこの二人? なぜ赤井先生も? 理解は追い付かないが、今はとにかく愛理に話してもらうしかない。  
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