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─21─
「なんで、私と先生なのよ。あんただっていじめてたでしょ」
「あれは仕方なくよ。何度もやりすぎだって止めたわよね? 私は桃花に対してなんの恨みもなかったんだから。花梨と私は親友だったのに、割り込んで花梨を洗脳したのはあんたでしょ? 凜華がかわいそうって花梨は騙されて……」
「騙されたってなによ! 本当のことじゃない。全てのはじまりは、桃花の裏切りなのよ!」
神野が親友の凜華を裏切った?
「だから、それがおかいしいのよ! 私たちは裏切られてなんていないよ。裏切られたのは凜華でしょ? 凜華が私たちを巻き込んだだけのなのよ。それに、裏切り自体、本当だったのかしらね……」
「それってどういう意味よ……」
「だって、桃花はキャンプの時だって、ずっと陽太が好きだって言っていたじゃない。私たちみんなが先生のことをかっこいいって盛り上がっていた時だって、桃花だけは、陽太が一番だって言ってたし」
やはり、神野は陽太のことを好いていたんだな……。
「だから尚更よ。あんなに陽太のことが好きだと言っていたのに……。それが嘘だったなんて」
嘘? 本当は陽太のことではなく、他の人が好きだったってことなのか? いじめの原因はそれなのか?
「いい加減にしろ、お前ら」
まただ。原因がわかりそうなところで赤井先生が話を遮ってくる。
「元はと言えば、先生が凜華に余計なことを言わなければこんなことにならなかったんじゃない!」
余計な事?
「愛理! それは言わない約束でしょ!」
「うるさい! 桃花は死んだんだから関係ないじゃない! 私たちだってもう、赤井先生の生徒じゃないんだから! それに、みんなここで死ぬのよ!」
「愛理、いじめの原因が先生だって、どういうことだよ、話せよ!」
たまらずあきらが割り込む。
「──桃花は先生に迫ったのよ」
迫った……だと? 神野が赤井先生に……。そんな馬鹿な話があるのか……。
「先生! それどういうことですか?」
あきらが詰め寄る。
「すまない、言い出せずにいたんだ、ずっと……」
赤井先生は俯き、頭を抱えた。
「──キャンプの夜、神野に進路の相談があると言われて、トイレの前に呼び出されたんだ……」
一つ一つの言葉を、絞り出すように語りだした。
「神野は優秀だったし、まじめでもあったから、こんな時でも将来のことを考えているんだと思って、感心していたんだ。それで、トイレの前で待っているとすぐに神野が来たんだ……水着で。それで聞いたんだ、なんで水着なんて着ているんだって。そしたら、少し泳いだって言うもんだから、夜の海に入ったらだめだろって叱ったんだ。でも、笑いながら謝るだけで、反省している様子はなかった。とりあえず、話を戻そうと思って、進路の話を聞いこうとしたんだ。そしたら、聞かれたら恥ずかしいからって、トイレの中に引っ張られて……」
ここで、先生は話を止めた。
少しの沈黙のあと、決意を決めた様子で、続けた。
「トイレに入った途端、神野が俺に抱きついてきたんだ。咄嗟にのことに驚いて、すぐに突き放した。誰かにこんなところを見られ誤解されたら大変だしな。なんでこんなことをするんだって怒ったんだけど、神野は笑いながら、先生のことが好きなのって……。それは、真剣にというより、俺の反応を見て楽しんでいるようだった。進路の話をしないなら俺は帰ると言って、トイレを出ていこうとしたら、また抱きついてきて……水着の上を脱ぎだしたんだ。だから慌てて俺が羽織っていたジャージを神野に着させてトイレを出たんだよ……」
生々しい話に、誰も言葉を発する事ができなかった。俺の頭の中は、今まで勝手に抱いていた神野桃花の人物像が、音をたて崩れ、既に原型はとどめていない。それと同時に、ここから出ることはもうできないのかもしれないという、懸念が出てきた。今までは、理由もわからずいじめられ、戸惑い、苦しみながら死んでいったかわいそうな女性だったのが、実は原因はわかっていて、単にこの状況を楽しんでやっているのかもしれないと思えてきた。もちろん、どんな理由があったにしろ、凜華たちがやったことは間違っているし、いじめは絶対に悪だ。しかし、ひとつ疑問がある。なぜ凜華がそれを知ることになったのか。
「先生、どうしてこの件を彼女たちが知ることになったんですか?」
ここまできたら、全ての真実を知りたい。
「はい……。僕は、クラスになかなか馴染めていなく、困っていたんですが、唯一、凜華が僕に懐いてくれていて、信頼があったんです……」
「まさか、先生が話したんですか?」
「──はい」
完璧にいじめとなる原因だ。中学生という、思春期の中心にいる子たちにとって、性の話……しかも、教師と生徒なんて、格好の餌食になるではないか。性に興味を持ちはじめ、好奇心と恐怖、軽蔑が混ざり合う複雑な時期だ。そんな時期の中にいる生徒たちにこんなことを話したらどうなるのか、理解できなかったのだろうか。
「凜華さんにだけですか?」
「はい。凜華に、相談したんです。神野とどう接していけばいいいのか、わからなくて……」
「私が悪いんです。私にだけ話してくれたことなのに、花梨たちにも教えてしまったから」
まだ中学生が、一人で抱える話ではないだろう。赤井先生はわからなかったのか? あまりにも軽率だ。
「僕の行動が軽率なだけです」
後悔先に立たず……か。
「桃花は、私が先生のことを好きだって知っていたのに、そんなことをしたんです。だから裏切られたと思って、許せなくて……」
「だから、許せないのはあんただけでしょ? 巻き込まれたこっちの身にもなってよ。親友だった花梨を返してよ! 今さっき、花梨が化け物になって徘徊してて、ここ傷つけられたんだから。モデルになれるって喜んでいたのに。あんな綺麗な顔が穴だらけだったじゃない! 親友の私じゃなないとわからないほどだったわよ! どれだけ悲しかったかわかる?」
そう言うと、愛理は血の滲むタオルを巻いた、腕を見せた。
こんなにも複雑に、様々な事情が絡んでいるとは、予想だにもしなかった……。いや、複雑ではないのか。これはただの嫉妬だ。女子中学生の嫉妬に巻き込まれ、人生が変わってしまった赤井先生も不幸かもしれないが、対応を間違え、全てのはじまりを作ったのも赤井先生だ。
二人の間にできた、小さな綻びが、やがて多くの人を巻き込み、塞ぐことのできない大きな穴になった。
「私は、あんたたちと一緒には行動しないから」
愛理はそう言葉を吐き捨て、教室を出て行った。
「愛理! 一人じゃ危ないだろ!」
赤井先生は、一人で出て行った愛理の後を追った。
「先生!」凜華も後を追って部屋を出ようとしたが、美雪がそれを止めた。
「いい加減にやめな。さっきの態度見たでしょ。先生は凜華のこと、なんとも思ってないのよ」
気持ちがいいほどにきっぱりと言い切った。
「ひ、ひどい」
「ひどいってね、先生が中学生を相手にするはずないでしょ。はじめからわかっていたでしょ? 勝手に勘違いして、本気になったのは凜華よ」
正論すぎて、返す言葉が見つからないのだろう。凜華は、黙り、顔色を失っていた。
中学生の頃から、美雪はこうして、少し離れた位置から全体を見ていたのかもしれない。何も口を挟まず。止めもしなければ、関りもしない。ある意味、一番、無慈悲だ。
──そうだ。美雪のことで一つ思い出した。悟のことだ。なんであんな酷い事をしたのか聞いておきたい。
「美雪さん、一つ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「私ですか? なんです?」
意外な人からの質問に、一瞬、表情をこわばらせたが、すぐに落ち着きのある表情に戻っていた。
「悟くんって覚えていますか?」
「ええ、覚えていますよ。ここでも会いましたしね」
「その悟くんと、少し前まで一緒だったんです。残念ながら、亡くなったんですが、亡くなる直前に、悟が妙なことを話していたんです。美雪が俺の裸の写真を持っていると。それってどういう意味ですか?」
「罰よ、罰。中学三年の時、トイレに入ったら悟がいたの、下半身を出してね。一人で遊んでいたのよ女子トイレで。詳しく言わなくたってわかるでしょ? だから、罰としてその状態で写真を撮ってやったのよ。だって、犯罪でしょ? 女子トイレに入ってそんなことしてたんだから」
悟が……そんなことを……。今日初めて会ったばかりだが、とてもそんな風には見えなかった。
ここの生徒はどうなっているんだ……。疑心暗鬼になる。
美雪のことを責めてやろうと思っていたが、これでは、何も言えない。
「じゃ、せめて、写真を処分してもらえないか?」
「無いわよ、写真なんて。そんなものとっくに捨てたわよ」
「えっ? だって、悟が同窓会に来なければ写真ばらまくって、脅されたと言っていたけど……」
「いじわるしてやったのよ。ただ、それだけの話」
もう、聞かれるのは面倒だと言わんばかりの表情で美雪は話を切った。俺も、これ以上聞くことも無かったので、ここで会話は終了した。
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