遺恨

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─25─  この日記は、いじめが始まる前……二年生の夏休みに書かれたものだ。 「またみんなに会いたいな」この言葉に、胸が締め付けらる。この時はまだ、明るい未来が待っていて、希望に満ちていたはずだ。 思わず、凜華の顔をじっと見る。 「何よ! 自業自得じゃない! 私が悪いんじゃないわよ! 全部自分で壊したんだから。なのに……自分が被害者のようなフリをして……」  誰も凜華を責めてなどいないというのに、自分から弁解をしだした。 「誰も何も言っていないじゃない。もしかして、花梨が言ってたこと気にしてるんじゃないの?」  凜華を鼻で笑い、小馬鹿にしたような美雪の言い方、この二人の関係はどうなっているんだ。 「私が? そんなわけないじゃない! 桃花は、自分で陽太を好きだと言っておいて、先生に迫ったのよ? 私を騙して、影で馬鹿にしていたのよ。ちゃんと、先生に聞いたんだから間違いないわ。そんなことしていたんだからいじめられたって仕方ないのよ。私は被害者だわ。それに美雪だって、いじめていたじゃない!」 「──そうよ。ただ、凜華と違って私は後悔なんてしてないわよ、いじめたことを。凜華が一度怖気づき、いじめをやめると言い出した時、こんな楽しいことやめるなんて、もったいないと思ったの。だから凜華を煽ったのよ、もっと桃花を憎むようにね」  楽しかった……だと?   はじめて見た時の、違和感はこれだったのか。人間味がないというか、何かが欠けているような、違和感。まさか、あの状況をずっと楽しんでいたとは。しかも、自分が楽しむために、凜華を焚きつけていたなんて……何者なんだ、この女。 「え……じゃ、美雪から聞いたことで、嘘もあったってこと?」 「本当に凜華って、馬鹿よね、気づかないなんて」と美雪はまた鼻で笑い、続けた。 「でも、凜華には感謝しているのよ。退屈な学校生活を楽しませてもらったから。凜華が馬鹿じゃなかったら騙されてくれなかったものね」 「お前ら友達じゃないのか?」  思わず口を挟む。 「友達? 私にとっての友達って、暇つぶしの道具でしかないわよ。そこにはなんの感情なんてないわ。私一言も凜華に友達だなんて言ったことないし、勝手に凜華が友達って思ってただけでしょ? ただ、退屈になりたくなかったから一緒にいただけよ。凜華ってすぐ騙されるし、単純だったから」  ここまで言われ、どんな顔をしているかと凜華の表情を伺う。既に目は真っ赤に充血し、涙が今にも零れ落ちそうなほど溜まっている。口はかすかに震えているように見える。  美雪の言葉に圧倒され、沈黙が流れる教室に、突如、放送が流れだした。 「美雪……やめて……」  神野の声か? ノイズが激しく、はっきりとわからない。 「動かないで! 少しぐらいいいじゃない」 「やめてよ! 熱い! 熱い!」  ここで放送は終わった。スピーカーから聞こえた神野の声は、恐怖で震えているようだった。 「美雪、あんた何したのよ!」 「桃花の腕を、ちょっと火で炙っただけよ」 「美雪……」  おぞましい言葉のはずが、美雪の当たり前のような口ぶりに、頭の中が混乱する。 「なんでそんなひどいことを……」と、赤井先生が驚きの表情で呟いた。 「見たかったのよ、人が火で炙られるところ。でもさすがに、学校じゃ、あれが限界だったわね」  教室の時が止まったように、静まりかえる。 「神野はどうなったんだ?」 「ただの火傷よ」 「あんた、影でこんな恐ろしい事してたわけ?」  そう言う凜華に、どの口が言うんだ、と思いもしたが、確かに恐ろしいことには間違いはない。 「だって、凜華のやるいじめって、無視するとか、悪口を言うとか、せいぜいそんなものでしょ? そんなのつまらないじゃない。センスがないのよね。だからもっと楽しくしようと思って。実際私の考えたいじめの方が盛り上がったじゃない」  話せば話すほど美雪の異常性が露わになり、三人の口数が減っていく。  すると、静かになった教室に、雷が落ちたような大きな音が響いた。一瞬にして、音の方へ視線が奪われる。    教室のドアは壊れ、倒れている。そして、そこに立っていたのは愛理だった。 「愛理……」凜華が、絶望を浮かべている。  愛里とわかるが、何か違和感が……。違和感の原因に気づくまで数秒かかった。    ──顔が逆さまに付いているのだ。顔は綺麗なままという所が、不気味さを助長している。  ゆっくりと動き出した愛理に、誰も声を出せず、後ろに下がることしかできない。じりじりと教室の隅に追いやられ、俺は頭の中でどう逃げるか必死に考えていた。結果、一番前にいる俺が、化け物に体当たりをし、ひるんだ隙に逃げることにした。申し訳ないが、他の三人のことを考える必要はないと判断した。 ──よし、今だ。  俺は化け物に向かって突進し、予想通りひるんだ隙に右にかわし走って廊下へ走った。廊下に出た後、壁に体を隠し、様子を見る。  残った三人は、俺の意外な行動に呆気にとられているようだった。次に動いたのは意外にも凜華だった。凜華もひるんでいる化け物をかわし、廊下へ逃げる。その間に、愛理は態勢を立て直し、残っている二人へと向かっていった。 「ちょっと先生が前に行きなさいよ!」  美雪はそう言いながら、赤井先生を前へと押し出したとき、愛理が、逆さまの顔に付いている口を大きく開け、二人へと襲いかかった。 「きゃああああ」  美雪が叫び声を上げた。  赤井先生を押し出し、逃げようとした美雪だったが、化け物の口がさらに大きく開き、轟音と共に美雪と赤井先生は吸い込まれていく。必死に踏ん張るも、美雪が力尽き、口の中へ下半身が呑み込まれてしまった。    そして──。  絶叫と共に、骨が砕ける音が部屋中に轟く。  噛み砕かれる度に、ポンプの水のように、真っ赤な血が口から噴き出し、次第に静かになっていった。  美雪は、跡形もなく咀嚼され、血で染まった愛理は、俺らに見向きもせずに、教室を出て行った。 「ひどい……」  凜華は、震える声で呟く。 「風太さん、うまく逃げましたね」  赤井先生は肩で息をしていた。 「一か八かでした。ひるませている間に、みんなも逃げることが出来ればと思ったんですけどね」  少しばかりの罪悪感に、小さな嘘をつく。 「凜華大丈夫か?」  一言も発しない凜華を、赤井先生が気に掛ける。 「──ええ。でもちょっと気持ち悪くて。トイレに行ってもいい?」 「ああ」 「俺も顔を洗いたいから、トイレに行きたいです」 「じゃ、みんなでトイレに行きましょう。バラバラにならない方がいいですし」    相変わらず化け物のいない静かな廊下を歩き、トイレへ急ぐ。凜華は女子トイレへ、俺は男子トイレへそれぞれ入る。
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