遺恨

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  ─3─  隣町まで来た。あと十五分程で到着するだろう。  「陽太は無事なのだろうか……」  目的地に近づくにつれ、ハンドルを握る手に力が入り、汗を何度もズボンで拭う。  そう思いつつも気持ちのどこかでは、無事にどこかにいるだろうと考えていた。廃校舎にはいなく、取り越し苦労だったという結果に終わると。 「そんなに緊張することじゃないじゃないか」と、自分に言い聞かす。  きっと、何食わぬ顔で帰ってくるさ。そして、俺が「なぜ連絡をよこさないんだ」と、問い詰めると、いつものように俺の顔も見ず「あー、ごめんごめん」と、言い終わるか終わらないかのうちに、『バタン』とドアを閉め、部屋に入って行く。という日常が戻ってくるさ。そして「もう少しかわいくできねーのかよ」と、いつのもように悪態をつけるさ  ただ、『念の為』にこの町に来ただけ、大丈夫だ。  そう、落ち着きを取り戻そうとしている時だった。不安の沼に引き戻すかのように、武野咲町に入った途端、今までに経験のないような濃い霧が発生した。慌ててライトをつけるが、白飛びをして余計に見えない。前へ進むことさえ困難……。これではまるで、白い壁ではないか。 「さっきの雷雨のせいか?」  天気予報では、荒れるとは言っていなかったと思うが。  ゆっくり走りながら、廃校舎に辿り着けるか不安に思っていると、「目的地周辺です」とカーナビが静かに告げる。 「なに?」距離的に、まだ先かと思っていたが、霧のせいで感覚が麻痺したのか? でも、廃校舎に辿り着くには、何度か道を曲がらなければいけなかったような……。  何年も訪れていなかったこともあり、記憶が曖昧になっているのか?  とりあえずカーナビの指示通り、エンジンを止め、ゆっくりと車から降りる。  外に出ると、先程までの蒸し暑さが嘘のように、空気はひんやしとしていた。これも霧のせいなのだろうか。  前が見えず、どこに向かって歩いていいのかさえわからずに、自分の感覚を信じ、前へ前へ足を運ぶ。  しばらくすると、目の前に広がっていた濃い霧が、空へと吸収されるように消えていった。  そして──。  突然、目の前に廃校舎が現れた。  思いもよらない形で校舎が現れ、喉が押しつぶされたような声が出た。  昔、通っていた思い出の校舎のはずが、廃校舎となり、朽ちている様は、霧も相まって異様な雰囲気を漂わせていた。  たった四年で……とも思ったが、北海道の冬は非常に厳しい。雪の重さで屋根がつぶれることさえあるのだから、この朽ち果て具合は不思議ではないのだろう。  校舎は、杏子色の鉄筋コンクリートの建物で、入口横には、自転車小屋が辛うじて残っている。外壁は、だいぶひび割れが進んでおり、所々に、地を這う蛇のように蔦が這っている。そして、よく見ると何ケ所か窓が割れている所もありそうだった。 「本当に、ここで同窓会があったのか?」そう疑問に思うほどだった。  本能的に危険を感じ取ったのだろう。引き返せと体が勝手に後ろを振り向かせた。 「──俺の車はどこだ」  目を疑った。車から降りて、百メートルも進んでいないというのに、霧に覆われ車が見えなくなっていたのだ。  校舎に目が釘付けになっていたが、よく周りを見渡すと、先程より濃い霧に包まれ、俺と校舎だけが取り残されていた。  もう引き返すことはできない……。  ふと、不吉な考えが頭にに浮かんだ。俺はこの場所に呼ばれたのではないだろうか。そう考えだすと、あの非通知の電話も怪しくなってくる。  『恐怖』という言葉が重くのしかかる。  ──待てよ、この濃い霧に阻まれて、陽太はこの校舎から出られずにいるのではないだろうか。だとすると、まだこの中に……。  一瞬たじろいだが、中へ入らないことには陽太の無事を確かめることはできない。  意を決し、廃校舎に足を踏み入れた。  
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