遺恨

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─8─  図書室を出て、斜め前にある生徒指導室に入る。  相変わらず薄暗い部屋だった。    懐中電灯で中を照らすと、テーブルが中央に、口の字に並べてあるのが確認でき、日記には、ここで話し合いが行われたと書いてあった。  何かないかと、テーブルに近づこうとした瞬間、部屋の電気が付き、明るくなった。俺がその明かりに視線を取られている間に、口の字に並べてあるテーブルには、あの日の光景が……。    口の字に並べてあるテーブルの近くに、小さな机があり、そこには影ではない教師が座っていた。 ──赤井俊介。神野桃花の担任だ。つまり、このクラスの担任。  そして、生徒が七名、座っている。  俺は、リュックサックに卒業アルバムを持ってきていたことを思い出し、七名の顔を照らし合わせる。  ドア付近の手前に座っているのが、神野桃花。左側のテーブルに前田ななみ、正面には五人が座っていて、左から、坂田花梨(かりん)須田香織(すだかおり)菊田凜華(きくたりんか)桐田優紀(とうだゆうき)尾田愛理(おだあいり)、そして、右のテーブルに白田美雪(しらたみゆき)の七人。  さっき、ななみのことは、化け物としてもう見ていたが、あんなに醜くい姿になってしまっていたというのに、面影は残っていたんだな……。  ななみの他六名も、この同窓会に来ているのだろうか。そもそも生存者はどのくらいいるのだろう。  しばらく様子を伺っていると、真ん中に座っている、菊田凜華が話し出した。その菊田凜華は、とても中学生とは思えない、大人びた、端正な顔立ちをしている。 「桃花のこと親友だと思っていたけど、私のこと裏切るなんてひどいじゃない! 桃花は私のことずっと騙していたのね」  凜華が泣きながら語る。 「凜華がこんなにも思ってくれているのに、桃花はひどすぎるよ! 裏切るなんて。凜華かわいそうじゃん」  香織がそう言うと、五人も「そうだよ」と、合わせる。  なんだこの茶番は。凜華の泣き真似があまりにもひどすぎる。他の六人は、神野の立場になるのが怖く、仕方なく付き合ってるに違いない。 「私たちもう、桃花の友達じゃないから」  凜華が、突き放すような冷たい目でそう告げた。この凜華だけは、神野に直接的な恨みでもありそうな雰囲気だ。  神野は、意外にも泣いているような様子はなかった。俺が勝手に抱いていた人物像とは少し違うのかもしれない。  話し合いという茶番が終わり、神野が凜華を裏切ったという曖昧なことしかわからず、原因究明とまではいかなかった。  七名が席を立ったとき、チャイムが鳴った。  それと同時に幻覚が消え、明るかった部屋が、また暗くなった。    しまった……。幻覚に夢中になり、逃げるのが遅れた。どこか隠れるところはないか目を凝らすと、奥に錆びれたロッカーが四つ並べられていた。 「仕方ない、そこに隠れよう」  今から外へ出て逃げるのは遅すぎる。今はここに隠れるしかない。  急いで右端のロッカーに入る。  外からは化け物の足音が聞こえる。何体かうろついているようだ。そして、遠くの方で男性の悲鳴が聞こえたような気もするが、小さくてはっきりわかららない。  こんなことをこの先どれくらい続ければいいんだ。早くここを出られる手がかりを見つけなければ。それにはやはり、教室は避けては通れないだろう。しかし、この状況で逃げながら教室へ入るのは無理がある。学校生活の大半を過した教室には、重要な手がかりがあると思うのだが…。  頭を悩ましていると、ドアが開く音がした……。  ──来たか。足音を聞く限りでは、一体か……? もし、一体ならチャンスはある。  すると途端に、部屋中が酷い臭いに侵された。きつい香水の臭い。鼻が曲がるとはこのことだ。それになにやら、音がする……。なにか、びちゃびちゃとこぼれているような音が……。『ずずず』となにかを引きずっている音もする。  恐怖で目を瞑っていたが、鼻と耳からの情報が多すぎる……。たまらずロッカーの隙間から除く。 ──そこには、醜い姿をした化け物が、テーブルの周りを徘徊していた。   だらしなく太り、体の肉が床に擦れ、歩きにくそうだ。そのうえ、脂肪が体中から溢れ出し、びちゃびちゃと音をたて床にこぼれだしている。  しかし、顔は──桐田優紀だ。油が滲み出てぎとぎとしてる。桐田優紀は、現実でもだいぶふくよかだった。これは想像だが、実際、彼女は香水がきつかったのだろう。  その化け物が突然止まり、ロッカーの方に向かってきた。  まずい! バレたか?   ずずずと肉をひきずりながら、ロッカーの前まで来た優紀は、「ガタン」と、左端のロッカーを開けた。ひとつずつ開けていくつもりか?  このままでは間違いなく俺のロッカーを開けられる……。  隣のロッカーまで来た。 「バタン」と閉める音が、俺のロッカーにまで振動が届き、心臓を縮ませる。  そして──。  俺のロッカーを通り越し、視界から消えた。  助かった……のか? 他に気になる所でも見つけたのか?  そう思った時だった。 「ガタン」と俺の入っているロッカーが突然開いた。  視界いっぱいに、醜い体をした桐田優紀が映っている。あまりの衝撃に声が出ず、体も動かない……。  身動きできない俺の頭を鷲掴みにし、ロッカーから引きずり出す。 「やめろ!」やっと声が出た俺は、体を動かし、抵抗する。不運なことに、暴れた時、偶然俺の手が醜い腹に当たった。すると、その手が、肉の中に飲み込まれるようにめり込み、取れなくなってしまった。 「おい! やめろ! 離せ!」  最悪だ! こんな奴にやられて死ぬなんて!   思いきり手を引っ張る。何度も何度も……。  すると、腹の肉からにゅるっと手が出てきた。その手はべとべとしていて気持ち悪い。不快だ。  少しひるんだ優紀を見逃さず、すぐに逃げ出す。しかし、床一面、脂で濡れ、滑る。何度か転びながらもやっと廊下へ出ることでき、幸い、廊下には何もおらず、一目散に二年生の教室へと走り、入った。    二年生の教室は一段と暗く、目が慣れまでは歩くのも難しそうだ。緊張のせいもあり、少し走っただけで、息が上がり、両肩が何度も上下する。とりあえず今は、隠れるところを見つけなければ……。視線を右へ左へ移すも、教室には隠れられるところなどない。 ──暗い教室が突然明るくなった。  また、当時の様子が幻覚となって現れたようだ。  自分の手のぬめりと、鷲掴みにされた頭を気にしながら、幻覚に目を向ける。  今回の幻覚は、どうやら給食の時間のようだ。  みんな席につき、隣の人と談笑しながら食べている中、神野は一人、ひっそりと食べている。  こんなにも怖い状況に身を置かれているというのに、毎度、幻覚を見る度、心が痛む。  この日の給食は、パンのようだ。  懐かしい。素朴な味だったが、噛むと甘みが増し、パンの日は楽しみだった。母親も好きだったので、パンが残った日は必ず持ち帰り、喜ぶ顔を見るのが楽しみでもあった。  学生時代に想いを馳せていると、悲鳴とともに、食器が落ちる音がした。  神野だ。何があったんだ? 担任が駆け寄る。 「大丈夫か?」 「先生……」  神野が両手で顔を覆い、立ち尽くしたまま泣き出してしまった。 「何があった?」  担任が、目線を合わせ、優しく声を掛ける。 「こ、これ……」  床に落ちた容器と、そこにこぼれているスープを見ると、びっしりとハエが入っていた。 「な、なんだこれは!」  黒ゴマのスープかと思わせるほどのハエが入っており、担任も声を上げた。 ──おい、これ、あの化け物だ。あの羽はハエだったのか。  常に徘徊している、顔中に羽の刺さった化け物。あれはこの事件が実体化したものだったのか。  なんてひどいことを……。  周りの様子を見ると、あの七人は、遠巻きからくすくす笑っている。当然あいつらが混入させたのだろう。  完全にあいつらはいじめを楽しんでいる。神野が何をやったかなど、ここまできたら、もう関係ない。ただの暇つぶしだ。  それにしてもこのクラスはなぜ、七名に逆らえないのか? なぜそんなに怖いんだ……。 ──だが、こいつらにとってこのクラスが全てなんだ。小さな社会……。学校とはそういう所だ。    そして、憔悴した神野を、担任が支えながら教室を出た。くすくすと笑っていた七名の内の一人、凜華だけは、憤怒の形相で神野を睨んでいた。  やはり、なにか個人的な恨みがありそうだな……。  机に視線を戻すと、一人の男子生徒が、落ちた食器を片づけていた。 ──あれ? 陽太だ!     陽太が片づけていた。それを良しとしない目つきで、七名が見ている。陽太はそんなことお構いなしといった様子で、淡々と片づけを進めている。  そうか、そうか。陽太はこうやって、神野を陰で支えていたのかもしれない。だからあの日、あんなに泣いていたのかもしれないな……。  ここで幻覚が終わり、再び暗闇に戻った。  まだ何かありそうだ。もう少し探索するとしよう。  神野の席はすぐにわかった。なぜなら、日記にも書いてあったが飾ってあったからだ。花は枯れ、散っている。  机は傷だらけだった。誰かに傷つけられたのだろう……。  こんな机で約一年も過ごしたかと思うと、胸が締め付けられる思いだ。毎日この机で過ごし、何を思い、何を感じていたのか。  ふと日記を思い出した。確か、机の中にねずみが入っていたと書いてあったな……。  恐る恐る机の中に、手を入れる。 ──あれ? 何かあるぞ。  ノートだ。これは、さっきの日記……じゃないな。  懐中電灯でノートを照らす。  ノートの表紙は何も書かれていない。その場でさっそくページをめくる。しかし、一枚目に何か違和感を感じる。 「なんだこれ?」ノートがべったりとくっついていて、剥がすことができない。  見れないとなると、余計見たくなるのが男の性だ……。 「うわっ!」  思わず、ノートから手を離した。  やっと剥がしたページは、血でべっとりと濡れていた。だから剝がれなかったのか。  よく見ると、何か書いてあるようだ。 「なんて書いてあるんだ? 赤……、赤井……。赤井って、担任か! なぜ担任の名前が?」  血で汚れ、よく見えないが、見えるところをなんとか読み解いていく。  一番上の行に赤井と書いてある。そして次の行に……。 「桃花、大丈夫か? 今日の給  ショック  先生も驚いた。あんなひどいこ  して  先生がついていながら、すまない」  これはさっきの給食のことを言っているのか? それに、このノートってなんだ? 連絡帳みたいなものか?  次のページも見る。 「神野桃花  先生、ありがとう、いつも私を守ってくれて。昨日のことはとてもショックだったけど、先生が助けてくれたので大丈夫です。ありがとうございます」  神野のページは汚れておらず、綺麗なままだった。  それにしても、このノートって、もしかして……。 ──交換日記か?  担任は、交換日記という形で、神野を支えていたというのか?  役に立つのか今はまだわからないが、教室に置いてあったのだからきっとこの先、何か需要な手がかりになるはずだ。一応、交換日記もリュックに入れておこう。  そろそろチャイムが鳴る頃だ。化け物が戻ってくる前にここから出なければ。ドアの小さな窓から廊下の様子を伺う。 「よし、大丈夫そうだな」  見る限り、近くに誰もいなさそうだ。ゆっくりとドアを開け、左右を確認し、体育館の方へ向かう。男子トイレを通りかかった時、中から水の音がした。 「誰かいるのか……?」  化け物かもしれないと、一度は通り過ぎたが、やはり陽太のことが頭をよぎり、入ることにする。  入ってきたことを悟られないように、足音を立てずに歩く。  中は、ここも蛍光灯がチカチカしていて目が眩む。  小便器、個室、共に五つある。そして、一番奥には掃除用具入れのロッカーが設置されている。水は止まっており、その代わりに一番奥の個室からガサガサを音がする……。  完全に誰かがいる。化け物なのか、人間なのか見極めがつかない。もし、人間なら声をかけて出てきてもらいたいが、化け物だった場合、一巻の終わりだ。  どうする……。  今、頭の中では、誰でもいい、相棒がほしい自分と、化け物への恐怖が天秤にかけられている。しかし、陽太の可能性が捨てきれずに声を掛けることにした。こちらからドアを開けると、相手が驚き声を出し、授業中の化け物にバレてしまっては元も子もない。  静かに、なるべく落ち着いた声で話しかける。 「すみません、中に誰かいますか? 僕は五十嵐陽太の兄、風太といいます。今、化け物はいませんので出てきてもらえませんか?」  先程までしていた音が止まり、トイレの中は静まり返った。  応答がない。もう一度声をかけるべきか、悩む。だが、すぐに出てこないところをみると、化け物ではなさそうだ。 「すみません、出てきてもらえませんか?」  もう一度、丁重にお願いする。  すると、静かにドアが開いた……。  出てきたのは、青白い顔をした男性だった。 「よ、陽太の?」  彼はだいぶ衰弱しているように見えた。小柄で、上品な顔立ち、よく言う優等生タイプといったところだ。 「はい。陽太を探しに来てみたら、こんなことに……。お名前聞いてもいいですか?」 「はい。(さとる)です。よろしくお願いします」  声にも力がなく、疲れているようだ。 「悟くん、だいぶ疲れているようだけど、大丈夫?」 「は、はい。不思議とお腹は空かないんですけど、ずっと化け物に追われているせいで、精神的ダメージが蓄積していて……」 「そうだよね。二日間もこんなところにいたら、おかしくなっちゃうよね」 「そうですね。ところで陽太君にはまだ会っていないんですか?」 「うん、まだ。せめて生きているのかさえわかれば……」 「確実なことは言えませんが、生きていると思います。死んだ人は化け物となって現れますから。少なくとも僕は会っていません」 ──そうか、その発想はなかった。悟のその言葉は、暗い森の中を照らす月明りのように、俺の心も明るく照らしてくれた。 「悟君は、ずっとトイレで?」 「トイレばかりではないですが、なんとなく、一階の方が化け物が少ないような気がしていて……」  これは、初耳だ。階によって違うのか? 違いには何か理由があるのだろうか。 「何か理由があったりすんですかね」 「もうおわかりかと思いますが、これは神野が起こしている現象なので、きっと三年生になってからの方がいじめとして酷かったからじゃなかと思いますよ。僕は知りませんけど」 「──なるほどね」  今の話に少し違和感を覚える。この悟という男、穏やかで落ち着いている印象だが、さっきから他人事のように話しているのが気になる。まるで、僕はこの件とは関わりがありませんと言わんばかりだ。 「少し聞いてもいいかな?」  ずっと気になっていたことを聞いてみよう。 「なんです?」 「この同窓会には何人が参加したの?」 「確か、十五人だったと思います」 「十五人……。このクラスって……」 「三十三人です。だから半数も来ていないことになりますね」 「ちなみに、彼女を主にいじめていた女子生徒の七人って、全員参加してるのか?」 「はい、参加しています。ですけど、ななみはさっき化け物として見ました」 「ななみさんは俺もさっき見た。そして、一緒に行動していた女性が、ななみさんに殺されてしまったよ……」 「そうなんですか? 名前わかります?」 「それが全然名乗ってくれなくて」 「──香織かな」  少し考えてあと、名前が出てきた。 「えっ?」 「怒りっぽかったでしょ?」 「あ……うん。なぜかずっとふてぶてしくて、俺にもあたりが強くてね」 「ああ、間違いない。香織ですよ。彼女、すぐ怒るんですよ。神野に対してもよく怒鳴っていましたから。──俺、彼女たちのこと初めから嫌いだったんです。なんで頭の悪いあんな奴らがクラスを仕切っていたのか全く理解できなかったんですよ。神野は容姿端麗で、頭もよかったのに、あんな馬鹿な奴らと仲良くするようになったからいじめの対象になったんですよ……」  随分な言いようだな。七名のことは嫌っていたが、神野のことは認めていたようだ。 「神野桃花ってそんなに優秀だったのか?」 「ええ。だから、嫉妬ですよね、嫉妬」 「嫉妬?」 「はい。あいつら、神野に嫉妬していたんですよ。それがいじめの原因だと思っています、僕は。神野は成績も優秀で、誰にでも優しく、性格がいい。先生たちにも好かれていました。だから、ブスで馬鹿なあいつらに嫉妬されたんですよ」  悟は相当彼女らのことが気に食わなかったようだ。個人的な恨みでみあるような言い方だ。  それにしても、嫉妬とはな。容姿だけで言えば確かに、写真だけでもずば抜けていることはわかる。内面のことはわからないが彼いわく、誰からも好かれるような人柄だった……。しかし、なぜそんな彼女がこの七人と仲良くなるようになったのだろうか。 「この七人が仲良くなったきっかけって、わかりますか?」 「詳しくはわかりませんが、一年生の頃は特に仲良しグループってわけではなくて、凜華と神野だけが友達でした。二年生になってから大所帯になり、七人のグループになっていましたね」  凜華と神野は元からか……。確かに、日記にも書いてあったな、親友だと。それがなぜ、豹変したんだ……。 ──チャイムが鳴った。  少し油断していた体に、再び緊張が走る。 「悟くんはここに?」 「うーん。お兄さんは?」 「俺は体育館に逃げようと思う」 「──じゃ、僕もついていきます」  こうして二人、急いで体育館に向かった。  体育館のドアを開ける。 「ずいぶん重いな」  錆びついているのか、滑りが悪くスムーズに開かない。 「早くしてくださいよ! すぐに来ますよ!」 「わかったわかった。ごめん」  全体重を乗せ、やっとドアを開けた。  ここは、当時と何も変わっていなかった。  俺は、バスケ部に所属していたため、体育館には少しばかり思入れがある。  懐かしい……。  いや、思い出に浸っている場合じゃない。 「お兄さん、体育館倉庫に隠れましょう。あそこなら、物が多くて隠れるのに最適です」 「名案だ」  ステージまで全速力で走る。しかし、悟が思っていた以上に疲労が蓄積しており、体力があまり残っていない。行き過ぎた俺は少し戻り、悟の手を引く。  体育館倉庫の前まで来た時だった。後ろでドアが開く音がし、思わず振り返る。 「まずい! なんて数だ!」  十体ほどの化け物が入ってきた。こいつらをどうしたらいいんだ。隠れるにはもう遅い。  だが体育館は広く、幸い、奴らは足が遅い。十分引き付けてから、体育館の端を通り、ドアまで走って逃げれるだろう。しかし、悟がそんなに早く走れるのか……。  うん? 悟の様子がおかしい……。 「悟くん? 大丈夫か?」 「……だから……ったんだ」  小さくてよく聞こえない。 「大丈夫……か?」 「──だから言ったんだ! 僕は行きたくないって! それなのに、それなのに……」  いきなり悟が発狂しだした。 「悟くん?」 「最初からおかしいと思っていたんだ! だから行くのやめたほうがいいってずっと言っていたのに、美雪が、美雪が」  なにやら、訳がありそうだ。 「美雪がどうしたんだ?」 「──俺の、俺の……裸の写真を……」 「裸の写真?」 「同窓会に行かなければ裸の写真をばらまくって……」  悟は、その場で崩れ落ちた。  どういうことだ? 美雪が悟の裸の写真をどうして持っているんだ?  考えているうちに、化け物がすぐ目の前まで来ている。  羽の化け物、ねずみ、そして……こいつはなんだ? 今まで出会っていない……? ──香織だ。間違いない。あのつり上がった目、図書室でななみに殺されたあの女性だ。  髪は逆立ち、異常なまでにつり上がった目は白目が無く、全て黒目で埋め尽くされている。顎は外れ、真っ黒な口が縦に大きく開いている。 「悟! 走って入口まで行くぞ!」  こいつらをギリギリまで引き付け、避けながら一気にドアまで戻る。それしかない。  化け物が徒党を組んでこちらに向かってくる。  ギリギリまで……ギリギリまで引つけるんだ。  「今だ!」  迫りくる化け物から逃げるため、錯乱している悟の腕を掴み、走る。 「悟! しっかりしろ!」 「だから言ったのに、言ったのに、言ったのに……」  だめだ。俺の声は届かない。このままでは追い付かれてしまう……どうする。  悟を掴んでいる俺の手が、ぐっと後ろに引っ張られた。 「うああああああああ!」  突然の叫び声と共に、悟の足が、大きく開いた香織の口の中に吞み込まれていた。 「おい! やめろ! この化け物が! やめろ!」  必死にひっぱり抵抗する。 「お兄さん! 助けて!」  悟の悲痛な叫びに、精一杯引っ張る……。    悟を掴んでいる腕への負担が急に軽くなり、容易に悟を引っ張ることができるようになった。これがチャンスだとばかりに、無我夢中でドアまで走った。 「悟! 大丈夫か? よく走ったな!」  振り返り、悟に話しかける。 「……悟?」  返事がない……。 「あ……あああ」  よく見ると、悟の下半身はちぎれており、大きく開かれた目が、俺を見つめていた。  思わず、悟の腕を振り払う。しかし、あまりにも強く掴んでいるため、俺から離れない。 「悟、ごめん……」  力強く掴んでいる、指一本一本をゆっくり剥がし、悟をそっと床に下した。  なぜか化け物が追ってこないことに気がつき、奥を見ると、十体ほどの化け物たちが、寄ってたかって悟の下半身を貪り、もうこちらへの興味は失われていた。 ──この時、俺は恐ろしいことに気づいてしまった。          
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