エピローグ

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エピローグ

 内乱の終息から半年。  仕事が休みの今日、アナベルはラリーと一緒に薬草採取を兼ねた遠乗りに来ていた。  以前ラリーが言っていたように、この国は自然豊かだ。  まだ所々に戦火の爪痕は残っているが、時が経てば次第に緑に覆われていくことだろう。 「ラリー、あの花は何?」 「あれは……」  国が違えば、生息している植物も違う。  初めて見るものに興味津々のアナベルがあれこれ質問をすると、ラリーは一つ一つ丁寧に答えてくれる。  アナベルが採取を始めるとラリーも一緒に採取をして、手順などをきちんと手帳に書き記すことを彼はいまだに続けているのだ。  本職である騎士に戻ったのに何で?と尋ねてみたら、「アナベルの一番弟子は、俺だから」と言われた。  アナベルが講師の仕事を始めてから大勢の弟子ができたような状態になっているので、自分が一番最初の弟子だったと主張したいとのこと。  子供たち相手に、意外と子供っぽいことを言うラリーが可愛らしいなと思ったことはアナベルだけの秘密だ。  まだまだ師には遠く及ばない自分が「先生」と呼ばれることが少々気恥しくはあるが、これからも精一杯頑張りたいと思っている。  学校へは、アナベルが長年溜め込んでいた素材や、師が収集していた本の中から学校で教材として使用できそうな魔法や薬草関連の本などをまとめて寄付した。  今回の戦で焼失した物が数多くあり学校関係者からは非常に喜ばれ、アナベルは荷物の整理が出来てお互いにいいことだらけだった。  学校で使用しない他の本は、すべて王宮図書館へ寄付した。  師の本を前にテディの瞳は輝き、睡眠時間を削って読書をしているようだとラリーが苦笑しながら教えてくれた。  一部の本はその内容により残念ながら禁書庫行きとなってしまったようだが、アナベルは皆に読んでもらい知識を深めてもらうことを希望しているので、これから大勢の人が手に取れる場所に置いてもらえるのは嬉しい限りだ。  ◇  お昼になり、持参した昼食を広げる。  今日は外で手軽に摘まめるようにと、アナベルはサンドイッチを作ってみた。  ラリーの体を気遣い数種類の薬草を混ぜ込んだ特製ソースを挟んでみたが、果たして彼の口に合うだろうか。 「アナベル、これもとても美味しいよ」 「それは、良かったわ」  満面の笑みでサンドイッチを頬張るラリーの顔を見ているだけで、幸せな気持ちになる。  アナベルは子供たちと同じ学校の寮に住んでいるので、ラリーとは学校で顔を合わせるくらいで会う機会はかなり減ってしまった。  それでも、お互いの休みを合わせてなるべく一緒に過ごしているのだ。 「なあ……ペグから聞いたが、また宮廷魔導士から言い寄られていたのか?」 「一緒に食事へ行きませんか?と誘われただけよ。もちろん、その場でお断りしたけど……」  実は最近、アナベルにもう一つ肩書きが増えた。それは『宮廷魔導士』。  学校での魔法についての講義の評判が良く、王城の宮廷魔導士たちが見学に来るようになっていた。  それならば、王城内でも講義を……とのテディの要望に応え、アナベルはたまに城にも出入りするようになったのだ。  ラリーは人使いが荒いと愚痴をこぼしていたが、そういう彼だって、近衛騎士と学校の仕事を兼務している。  それくらいこの国は人手不足で、人材の育成が急務であるのだ。  アナベルは魔力量が減って魔女の力も相当弱くなっているにもかかわらず、なぜか以前と変わらず男性が声をかけてくる。  ラリーに「師からは『魔女の力の影響で人の男性から好まれやすい』と聞いていたのに、どうして今も変わらないのだろう?」と尋ねたら、「それは、全く関係ない」とあっさり言われてしまったのだった。 「そういえば……アナベルのお師匠さんて、『背は少し高め』『鼻筋が通っている』『あごに黒子(ほくろ)がある』人か?」 「えっ!? ラリーがどうして知っているの?」  若かりし頃の師は、目鼻立ちのはっきりした、人の男性が言うところの『美女』だった。 「やっぱり、そうか。俺、一度死んだときに会っているんだ。『ここは、おぬしが来るところではない。さっさと戻りなさい』と言われて。それから、『アナベルを泣かすようなことをしたら、わたくしが許さない!』と怖い顔で睨まれた」 「ふふふ、怖い顔って……こんな顔だった?」  アナベルが目を吊り上げて師の顔真似をすると、「そうそう、そんな顔だった!」とラリーが吹き出した。  夢の中で師が「さっきの奴も、さっさと追い返しておいたぞ」と言っていたのは、どうやらラリーのことだったようだ。  あちらの世界に行ってもなお弟子の心配をしてくれる師に、心がじんわりと温かくなる。 「お互いの仕事が落ち着くまではと思っていたけど……この状況では、やっぱり待っていられないな」  手に持っていたサンドイッチを置くと、突然ラリーがため息交じりにつぶやく。 「一体、何の話?」 「アナベル、俺と結婚しよう!」 「結婚……」 「前回は、自分が長生きだから一人残されるのは嫌だと断られたけど、もうアナベルも短命になったのだろう? だったら、問題ないよな?」 「でも、短命になったと言っても……」  たしかに魔女としては短命になったが、それでも人と比べると長生きなことには変わりないのだ。 「一つ聞いてもいいか? アナベルの思っている自分の寿命って、具体的にあとどれくらいなんだ?」 「そうね……あと、七十から八十年くらいかしら」  魔女の寿命が六百年くらいだから、その半分以下で死んでしまうアナベルがかなり短命なのは間違いない。  それでも、アナベルの余命と人の寿命は同じくらいなのだ。 「プッ……アハハ!」  真面目に答えたのに、ラリーは突然笑い始めた。  アナベルとしては結構深刻に考えているのだが、何がそんなにおかしいのだろう。 「アナベル、心配しなくても大丈夫! 『まだ、あと二百年くらい』と言われたらどうしようかと思ったけど、それくらいなら俺も生きていられる。だって、俺は魔力が強くなったのだからな」  生き返ったラリーはアナベルとは正反対に、以前より髪や瞳の色が濃くなった。  おそらくアナベルの魔力を注入された影響だと考えられるが、前は行使できなかった魔法が魔導士並みに使えるようになったのだ。 「ホント? 私より先に逝かない?」 「うん。もしかしたら、魔女のアナベルより俺のほうが長命になっていたりして……ハハハ!」  自信満々に、そして楽しそうに笑うラリーをじっと見つめる。  さすがに、人であるラリーがアナベルより長生きをすることは難しいかもしれない。  それでも、残りの人生を彼と一緒に生きていきたいと思った。 「もし、ラリーが私との約束を破って先に逝ったら、私はまた『魔女の奥義』を行使して呼び戻すからね!」 「そんなことをさせないように、俺は君より一日でも長く生きるよ。だから……」  結婚しよう……そう言って、ラリーは手を差し出してきた。  アナベルを見つめる優しいまなざしは、瞳の色が濃くなっても何も変わらない。 「絶対に、約束よ……」  ラリーの手を取ると、力強く抱き寄せられた。  温かい彼の腕の中で、ふと思う。あの日冒険者ギルドに行かなかったら、私は今ごろ何をしていたのだろうか……と。 (私は、あなたに出会えて本当に良かった……)  ◇  その後、アナベルとラリーは結婚した。  彼女は知らなかったが、貴族であるラリーとの結婚は寿命の他にも乗り越えなければならない様々な障害があったのだ。   それをラリーは一つ一つ解決していき、テディの強力な後押しもあり乗り越えた。  貴族と結婚をしたアナベルだが、もちろん自由を奪われるようなことはなく、好きな仕事を続けることができた。  ただし、籠の鳥……以上に、ラリーには大事に大事にされたが。    それから月日は流れ、数十年後……  アナベルは魔女としては短命の、でも、とても幸せに満ちた人生を終えようとしていた。  約束通り、ラリーはアナベルより長生きをした。  愛する夫、可愛い子供、孫、曾孫たちに見守られながら、永遠の眠りにつく。 「アナベル、愛しているよ。少しだけ、向こうで待っていて……すぐに行くから」 「うん、待っているわ。ラリー、私も愛してる……」
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