10人が本棚に入れています
本棚に追加
1
肌寒さに目が覚める。
寝袋から左腕が出ていた。
まだここに泊まるには寒い季節だわ。
どこからを夜明けというのだろう。
朝日はまだ見えないけど、朝だよね。
おはよう、あやと。
空に向かって挨拶する。
私の恋人は1年前、空に飛び立った。
私が自由に入れる場所で一番高いところ。
東京の片隅の雑居ビルの屋上。
大学からの友達の勝子のお父さんが所有するこのビルの屋上を使わせてもらっている。
憔悴しきった私を見かねた勝子がお父さんに話して鍵を渡してくれた。
絶対に飛び降りないと約束をして。
本当に感謝している。
私が迷惑になるようなことはしないって信用してくれた勝子を裏切るわけにはいかない。
私が飛び降りればこのビルの評判に傷がつく。
だから心はいつでも空を飛ぶけど、カラダは飛ばない。
…結局はカラダを飛ばす勇気は無いのだ。
勝子がその言い訳になってくれた。
昼間は会社員として働いている。
1人で生きていくのだから、仕事は大事。
平日ここに来るのはなかなか厳しい。
だから週末はなるべくここにいたいから、なるべく高いところからあやとに逢いたいから、テントを張って寝袋とガスコンロを持ち込んだ。
肌寒く晴れた朝のコーヒーは格別だね。
あやとの好きだった珈琲豆、最近会社の近くの雑貨屋に置くようになったよ。
そんないつもの対話をしていたら、鍵を開ける音がした。
最初のコメントを投稿しよう!