好きだといえない

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(Shinobu side)  中身のある人間になれと、両親に幼い頃から事あるごとに言われて、自分もそれを望んだが無理だった。芸能の仕事は天職なので、それはまあよかったけど。  容姿で好かれたくないのに、結局は自分も彼の見た目が好きで、本当に自分が嫌になる。  眠くなって横になっていると、もう一人、部屋に入ってくる音が聞こえた。壁側を向いて寝ているので、声しか分からない。でも、分かる。僕の好きな彼が来た。 「社長から彼のお世話を頼まれてるんだよね? ごめんね、俺も相手してもら」  壁に拳を叩きつける音が聞こえて、お偉いさんの男が後退るのが感じとれた。 「消えてください。でないと、俺は」  眠い。意識が落ちていく。 「起きた?」  目を覚ますと、僕が眠るベッドに彼が腰掛けている。目を合わせたくなくて、彼に背を向けたままだが、はだけたシャツを直したのが分かったらしい。1時間ほど眠っていただろうか。その間、彼はずっとそうしていた?  彼が僕に覆いかぶさる。 「何で言ってくれなかったの?」  言えるわけない。金をもらって、知らない男の相手をしているなんて。  「知られたくなかったから」とは口にできなかった。彼以外の付き合っていない男とも寝ているなんて、嫌われてしまうかも。不安になるくらい好きだ。でも、俳優としての未来がある彼に言えるわけない。  そんなこと言えない。好きだと言えない。  モデルの撮影が終わり、マネージャーの車で送ってもらう。 「来週からはBLドラマの撮影も決まっているので、忙しくなると思いますが、頑張りましょう」 「はい、ありがとうございます」  マネージャーの片瀬に丁寧に対応して、僕はスマホを確認した。松井黎からの連絡が入っている。この間のお偉いさんは、社長のお得意さんだったらしいけど、大丈夫だろうか? 黎からも社長からもあれから何もない。 「片瀬さん、黎のところに送って」 「黎さんのところ? 分かりました」  黎は同じ事務所で、マネージャー同士も知り合いだ。新しい事務所なので人数も少なく、社長やタレント、マネージャー間の距離感は近い。 「でも、よかったです。撮影前なのに、もうそんなに仲良くなって。社長が『れいしのにはBL営業させるから、絶対仲良くするように!』と言ってた時は心配でしたが、本当に仲が良いなら、それで宣伝にもなって良いですよね」  「れいしの」というのは、松井黎と僕、江口忍の名前の頭文字をとったカップリング名で、BLドラマの撮影だけではなくて、二人のYouTubeを作って旅行動画を撮ったりする予定だと、社長から言われている。  BL営業というのは、BLドラマに出ている俳優同士が、私生活でも仲良しアピールをするというものらしいが、まだ実感がないのでよく分からない。  マンションのドアの前でインターホンを押すと、僕より背の高い男性が迎えてくれた。僕はモデルなので、かなり高身長の筈だが、彼は180センチを優に超えている。歌手志望で、僕と共演するBLドラマの主題歌を歌うらしい。……歌手ならそんなに身長いらないのに。分けてよ。 「お疲れ。疲れた?」  均一のとれたキリッとした顔をして、そう言われると、やっぱり顔が好きだなと思う。一見優しげな顔をした僕とは、真逆の印象。「性格はクールで知的な王子様」という設定で、社長は黎を売っていきたいらしい。普段はクールだが、忍の前ではよく笑うし、天然なところも実は結構あり、それに、他の人があまり見たことがないであろう動揺している黎を、忍はベッドで何度も見ていた。 「黎もお疲れ様。いつも通りだよ。早かったね?」 「思ったより早く終わった。でも、忍に早く会えるから嬉しかった」  そんなことをさらっと言えるのが、天然というか。忍が部屋に来ると、黎はいつも料理を作ってくれる。かなり手際よく。そういう姿を見ると、やっぱり完璧な王子様かもしれないと思うこともある。おいしかったねーと、軽く談笑する。  あまり饒舌なタイプではないのか、最初に会ったときは喋らない印象だったが、何度か会ううちに色々と話してくれた。爬虫類を飼っていて、それが日々の癒しなこと。人と関わるのが苦手で、芸能の仕事はしたくなかったが、社長に無理矢理連れてこられたこと。恋愛はしたことがなく(その顔で?)、不器用なことも。  リップ音を立てて、僕から唇を重ねて、舌で舐めてみたりすると、黎が興奮してるのが伝わってきた。彼は漏れそうになる息遣いを押し殺している。僕が服を脱いで下着になると、素肌に黎の視線が泳いでくる。普段のスマートな黎からは想像できない。他の人にはそんな態度しないでほしいと思った。服の上からでも分かるくらい、彼の中心は反応している。 「……気持ち悪くてごめん」 「手で抜くからね」  前に口でしようとしたら、そんなことしなくて良いと言われた。露になったものを手で扱いてあげると、すぐに射精したので、拭いてあげながら「よかった?」と聞くと、まだそれは熱をもっている。 「忍を見ると抑えられなくなりそうで」  だから、自分からは手を出さないということか。いつも誘うのは忍からだ。 「今日は最後までしてくれる?」 「無理してない?」 「してないからして?」  表向きはドラマのため、ということにしている。現実でも惹かれていることは、誰にも言っていない。黎が僕のことを見て興奮してる姿を見ると、肉感的な気持ちになる。  黎が僕の鎖骨に吸い付いた。 「やっぱり……」  反射で逃げてしまったらしく、間違えたと思った。 「ちょっとびっくりしただけ!」 「どうしてほしい?」 「え?」 「忍が嫌なことしたくない」  それって、自分でどこを触ってとか言わないといけない? 恥ずかしいよ! 「……もっと触ってほしい」 「どこに?」 「色々? こことか……下の……あっ」  僕の脚を開かせて、黎は開いた太腿の付け根に口付けていく。体勢が羞恥心を煽る。 「ここ触って良い?」 「や、あ……」  中心を触られて、気持ち良い。黎は後ろの孔に舌を入れてきた。 「あぁ、あ……どこ舐めて……」 ひやりとしたかと思ったが、ローションだった。 「……え……あっ」 「入る?」 「んん……ん……」 「可愛い」  指で弄られた後に、黎の性器が忍の中に入ってきて、良いところをついてくる。彼と目があって、何か真剣な気があったから耳を傾けた。 「……しの、好きだよ」  軽い気持ちでそんなことを言うタイプじゃないと思う。快感を得ながら、彼の言葉を頭で反芻した。  BLドラマ「Difficulty」の撮影は問題なく進行した。濡れ場はまだ。僕も黎も元々俳優志望ではなく、演技の仕事はあまりしたことがなかったが、監督は僕らの芝居をよく褒めてくれた。 この業界に入るまで、監督というのは演者にパワハラスレスレのお叱りを与えてくるイメージだったが、運良く俳優業は順調だと言える。  休憩中も僕を抱き寄せてくる黎に「きゃー!」と周囲のスタッフから悲鳴が上がっているが、BL営業だろうと予想して、たぶん皆本気にしていないだろう。いや、テレビの番宣やファンの前でなら分かるけど、今もするのか。まあたまにはしないと、やらせだと文句言われそうだけど。  社長から後輩である僕のお世話と、度を越したBL営業を再三頼まれた黎は、真面目なのかきっちりやってくる。それにしても今日は特に甘い。演じるBLドラマの内容も甘々だし、砂糖がもう溶けきれない。黎は僕の耳にキスしたり、髪を触ったりしてくる。  僕は自分の思ってることをほとんど表に出さない。他の人もできると思うかもしれないが、僕は自分の感情を悟られないことができる。昔から感情を隠すのが異様に上手かった。でも、何を考えているのか分からないと言われるわけでもなく、僕の表面上の嘘の感情を家族にも本当だと思わせる。これは便利な処世術だ。人からは、「明るくて、優しい人」だと言われる。  大衆の前では、そう思われた方が過ごしやすいのでそうしていたが、黎に会ってからはその自分が常になった。黎も僕の本性は好きじゃないだろう。引くほど察しが良い事務所の社長には本性がバレてるけど、俳優として世間の目に晒されるなら表面上の僕の方が都合が良いらしく、「それでいけ」と言われた。 「しの、今日帰ったら一緒に寝よ?」 「うん。僕のこと抱き枕にするの気に入った?」 (あの二人、撮影中にどんな会話してんの。れいしの、こわい……)  朝目が覚めてぼやっとしていると、頭の横にスマホに電話がきた。ベッドで僕を抱き寄せていた黎が目を開けて、こちらを伺うような視線を寄越した。 「累からみたい」  黎は眉を寄せて、少し怪訝な顔をする。  奈良田累は、僕の高校の同級生であり、事務所のモデル仲間だ。高校生のときから累とは仲が良くて、はっちゃけた性格の累と遊ぶのは楽しかった。はっちゃけすぎていて、彼は高校を中退したけど。累は先生が相手だろうが、何でもはっきりと言ってしまう性格で、学校の先生達からは、疎まれていたようだった。当時、学校から自主退学勧告を受けてから、取りやめるように、累と一緒に校長の元に行ったけど成果が出なかった。その後、モデル仕事を僕は始めて、同じく服が好きな累を誘った。黎や僕とはまた違うタイプだが、顔が濃く、バランスが良くて、整っているからというのもある。  でも、そんな性格の累なので、黎はあまり彼のことが好きではないようだった。 「また、黎の家にいたのかよ? 挨拶しても無視するし、黎は好きじゃない。あと、ゲイらしいよ?」  現場で、今朝、電話に出なかった理由を伝えると、黎への不満を怒りながら言ってくる。累はいつもこんな感じなので、特に気にしない。 「先輩なのに呼び捨てるなよ。お前がいつも失礼な態度取るからだろ? 黎さんはゲイじゃないと思うし、別にゲイだから何だよ」  僕の累への態度もこんな感じ。  黎は僕と寝ているが、本人から男が好きだという話は聞いたことがない。恋愛経験がないなら、男が好きも女が好きもないと思うし。……寝てるけど。 「忍だって呼び捨ててる!」  不満そうにそう反論する累に、「そうじゃなくて」と続ける。 「あいつのことで電話してきたんじゃなくて? だから、黎の前で出なかったんだけど」 「ああ、あいつ起業したらしい。ファッションブランド」  累が小声でそう言ったとき、「撮影始めます」と声がかかる。続きは後で聞こ。
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