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(Rei side)
時刻は0時。自分が所属する歴史の浅い、新しい芸能事務所が主催する祝いのパーティーで、俺は江口忍(えぐち しのぶ)に出逢った。
よく知らないスーツを着た関係者に、「せっかくなので、今日は飲んでください」と勧められて、大量に飲んだアルコールがかなり回ってきている。意識が飛びかけていたが、彼を見て、ハッと目を奪われて、酔いが醒めてきた。酔いは覚めたのに、心臓はまだドクドクと言っている。
「忍、この彼が松井黎(まつい れい)。この間、話した『BLドラマ』の相手役だ」
優男といった若社長の隣で、紹介された俺は忍に向かって軽く会釈をした。
忍はどこから見ても容姿端麗。キリッとした涼しげな目をした俺とは対照的の、大きくて優しげな瞳が特徴的で、綺麗や可愛いという言葉が一番似合っていて大人っぽい。それでいて、瑞々しい若さを感じる容姿をしている。自分は人の容姿を気にする方ではないと思っていたが、それでも目を奪われた。
「忍は未成年で、まだ19歳。高校を卒業した後に上京してきて、うちの事務所でモデルをやってる。若いだろ?」
「俺の方がかなり年上ですね」
そこから記憶がないが、目を覚ますと自分の部屋ではない白いベッドに寝ていた。隣にいたのは——。
「……うぅん……あっ、おはようございます、黎さーん!」
にこにこした笑顔で、同じくベッドに寝転んでいる忍が、長い指を真っ直ぐ伸ばして手を振ってくる。覚えていないが、酒に飲まれて、この子に何かしたか? いや、今までそんな経験はないが、でも……。
「……俺、忍くんに何かした?」
「してないですよ?」
明るい調子で話す忍は、本当に何もなかったから大丈夫ですよと、動揺する俺を安心させるように言った。
「黎さん、酔っ払ってすぐ寝ちゃったんです。何かほっぺ赤いですね? なんか可愛い〜! 黎さんってすごいイケメンですよね!」
忍が自分の頬を抓るようにして、ジェスチャーする。……あまりの状況に何も喋れない。
「どうしたんですか?」
「いや、俺こういう経験がなくて……」
「ええと……」
「恋愛経験がないから」
「ない? その顔で?」
「あっ、じゃあ社長が言ってたのどうしますか?」
「……何て言ってた?」
「『黎は恋愛経験が乏しいから、せっかくBLドラマやるんだし、忍に夜の演技指導してもらえ』って」
……とりあえず、あの若社長はどうにかしないと。
「どういうことですか? 演技指導って」
「ああ、演技指導の代わりに、忍の生活の面倒見てやってくれ」
事務所の社長椅子に深く腰掛ける若社長は、肘をついて、全く悪気なさそうにそう言った。俺は彼に向き合ったまま、その場に立ち尽くした。
「はい?」
「忍は上京してきてから、両親と疎遠で一度も会ってない。一人で大変なこともあるだろうし、黎が付いていてくれると助かるからな?」
「……ちょっと話についていけません」
「忍のこと、嫌いじゃないだろ?」
「嫌いじゃないですが、会ったばかりですし、よく知らないので」
「でも、可愛くてほっとけないと思っただろ?」
俺が溜息をついて、「分かりました」と言うと、彼は満足そうに軽く鼻を鳴らした。
俺と忍が出演するBLドラマの主題歌は、俺が担当することになっていた。そのレコーディング現場に顔を出してくれた忍を車で送ることになり、その途中で忍をディナーに誘った。
「よかったら一緒に何か食べない? 若社長が、忍がちゃんとご飯を食べているのか心配してた」
「うん、じゃあ、黎さんの部屋に行きたいかも」
自分のマンションの部屋に来た忍は、「俺が作るから待ってて」と、俺が料理をしている間、興味深そうに部屋の中を眺めているようだった。
「黎さん、ヤモリ飼ってるの?」
「実は日々の癒しがこれしかない」
俺がそう言うと、忍は年相応の無邪気さが見える蠱惑的な笑顔を見せた。忍は明らかに自分とは違うタイプに見えるので、俺が言うことが変わっているように聞こえているのかもしれない。二人のタイプは全然違うが、不思議と居心地は良かった。
「忍はどうして事務所に?」
「スカウトされてかな? モデルの仕事には興味があったから」
「黎さんはどうして事務所に入ったの?」
俺は事務所に入ったきっかけを忍に話した。
俺は小さい頃から人と関わるのが苦手で、学校でも大抵一人でいるような子どもだった。それなのに勉強と運動は人よりできたので、女子から告白されることがたまにあったが、別に付き合いたいと思わなかったので断った。
大学に行ったのは、会社の役員である親の顔を立てる為でもある。大学に行くと、同じような変人が他にもいて、少し周りとも話すようになったが、恋愛はやはり苦手で億劫だった。
「音楽は昔から好きで、大学生の頃にバンドを組んでいた。俳優やモデルとしてスカウトされて断ったけど、音楽活動もして良いからと何度か引き下がられて、最後は若社長直々に今の事務所に連れて来られた。芸能の仕事は今でも自分には合わないと思う」
テーブルに向かい合って座って、二人でビーフストロガノフを食べている。忍は「黎さんの料理、おいしいね」と嬉しそうだ。
「今まで、好きになれた人がいないってことだよね。実は僕もそう」
忍はそう言って、次に「でも、好きじゃなくても別にセックスはできるよ?」と続けた。
忍がリップの音を立てて、俺の唇に何度か軽く口付けしてくる。こちらに舌を見せてきて、それがすごくセクシーで、俺は吐息が漏れそうになる。忍は、俺をもっと煽るような瞳を見せて、身に付けていたカットソーを脱いで上半身を露わにした。俺より背は低いが、忍も180センチ程はあり、鍛えているようで腹筋が割れている。フェミニンな顔をしている忍が見せた、女性的ではない情欲的な身体に目が離せない。
「黎も脱いで?」
「うん」
「待って……僕が脱がせても良い?」
ゆっくりとボタンを外す忍の長い指の先が、俺の身体に少し触れる度に、俺はドクンと胸を高鳴らせて、先を期待した。忍が「もう我慢できなくなっちゃったの?」と俺の中心を服の上から触った。それは、見てわかるくらいに反応している。
俺が服を脱ぎ捨てると、忍がうっとりした顔で少し頬を赤らめてこちらを見た。本当に可愛らしい。俺のを口に含もうしたので、「そんなことしなくて良い」と、俺は言った。
「黎……あぁっ……」
孔に指を入れてみるとすんなり入ったので、以前も男性との経験があるのだろう。もやもやして、自分が嫉妬しているのだと分かった。『好きじゃなくてもセックスはできる』と忍は言った。人を好きになったことがないと、俺に言った忍の表情は苦しそうに見えた。自分は忍に惹かれているようだ。いつからなのか分からない。言葉で説明できるものではないらしい。
忍のを扱きながら性器を挿れて、後ろからもつくと、次第に忍が感じるところが分かってくる。忍も俺の背中に手を回して、受け容れているようだった。快楽に呑まれそうになりながらも、このまま少しずつ、忍のことを理解してあげたいと思った。
忍の枕営業について聞いたのは、たまたま社長と話している時に、彼が口を滑らせたのが発端だった。
「二人、仲良くしているみたいで助かる。お前、陰のオーラがあるし、人と仲良くする気がまるでないから、正直言うとちょっと心配だったから」
「忍もマイナスイオン発してるので、丁度良いです」
「まあ、アドバイスしておくと、本気で好きにはならない方が良いぞ。ああ見えて、裏では遊んでるだろうし……」
「?」
「今度の仕事もハニートラップで取るように言ってあるしな……あっやべ、言うなよ?」
「……相手は誰ですか?」
ホテルの部屋のドア開けて、中に入ると、忍が壁側を向いてベッドで寝ていて、その横のスペースに座っていた中年の男性がこちらに気づいて降りてくる。
「あれ、君、松井黎くん?」
この男には有名なアートディレクターとのツテがあり、忍がモデルとして活躍する為に、自分でも望んで彼と寝ているという話を社長から聞いた。
「社長から彼のお世話を頼まれてるんだよね? ごめんね、俺も相手してもら」
壁に拳を叩きつける。すると、男が後退って、顔を青ざめさせた。
「消えてください。でないと、俺は」
男がいなくなった後、忍が眠っているベッドに腰掛けて、彼が起きるのを待つ。はだけたシャツを直したのであろう音がして、振り返ると、忍がふるふると震えているのが見えた。
「起きた?」
忍に覆い被さって、「何で言ってくれなかったの?」と聞いたが、彼からの返事はなかった。
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