好きだといえない

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(Sinobu side)  現場は緊張感に包まれている。 「ついにこの日がきた! 神様生かしてくれてありがとう」  ……一部の女性スタッフを除いて。  僕は前貼り以外は何も付けず、窓に手をついて、同じく裸の黎に背後から抱きしめられた。そして、首元に激しくキスをされる。二人の引き締まった身体が密着して、黎が動く度に擦り合った。指をキュッと窓に滑らせる。女性に比べて、骨太な指。  ドラマの中で、お互いに好きなのにも関わらず、思いの通じなかった二人は、やっとのことで両思いになった。最後に挟まれるシーンだ。  そこで、カットの声がかかる。 「後ろから撮ってたからあんまり分かんなかったけど、忍くんすごく良い顔してるね」  モニターを確認したスタッフさんから軽くセクハラ発言をされて、「ありがとうございます」と何事もないように返した。危なかった。思い出して、同じ顔になってたと思う。ベッドでいつもこんな顔してた?  やばいな、と口元に手を当てて、ほんのり赤くなった頬を隠した。  ドラマの撮影が終わっても黎との関係は続いた。フレンチで食事をしたり、黎の部屋に呼ばれた。黎は時折、僕に好きだと告げたが返事は求めない。そんな彼に甘えて過ごしていると、次第に周囲が僕らの関係に訝しい視線を向けきている感覚に陥ったが、そんな状況に目を瞑った。  放送されたドラマの評判は幸い上々で、その後に撮ったYouTube動画が、海外のShipper(Yaoi fandom)からも再生数を集めた。ドラマが好評というよりも、一俳優である僕らのカップリングが注目を集めているようだ。  海外でのファンミーティングでは、「本当は付き合ってるの?」なんて、グラマーな司会者から遠慮ない質問が飛んできたが、「付き合ってないです」というのは嘘じゃない。 「黎さんは、忍さんのことが好きなの?」 「好きです」 「きゃー! ほんとに? 忍さんは黎さんのこと好き?」 「あの……」 「俺の片思いです」 「ええ? 黎さんの片思いなの? どう思ってるのかしら?」 「黎さんのことは、大切に思っています」 「あら、どう大切に思ってるかは秘密なのね。可愛いわ。大切にしてあげてね」  SNSでお互いの写真を上げればファンは喜んでくれたが、僕らのどちらかが女優と交際疑惑が出ると、想像上のカップルである「れいしの」の邪魔をするなとばかりに、ファンは相手の女優を叩いた。  もうBL営業しなくても良いかも、と考える。やめどきは任せると社長に言われた。でも、これをやめたら、二人の関係も終わる気がしていた。  季節はもう、暗い色に移り変わそうな秋だった。黎と共演したドラマは春クールに放送されたので、いつの間にか時間が経ったようだ。黎はその後、映画とドラマを立て続けに撮影していて、見るからに忙しそうで会う頻度は減ったけど、マメに連絡をくれた。  黎は希望していた音楽活動も本格化して、ポップ・バンドを組むことにしたようだった。僕らの関係は変わらずに、ファンの熱量は上がっていくばかり。  黎のバンド「Mauve(モーヴ)」の40代・50代くらいの楽器を担当するメンバーと事務所でばったり会うと、「忍くんが出てるCM見たよ」「おじさんも雑誌買っちゃった!」などと声をかけてくれる親しみやすい人達だ。黎とも仲良くしている。 「今日は何の用事で事務所来たの?」 「社長に呼ばれたんです」 「それはご愁傷様だ」  ……これは、若社長の普段の傍若無人な言動のことを言っているのだと分かった。  社長は、黎のマネージャーの國枝さんと何やら話しているようだった。優男のような社長を見る度に、前髪が鬱陶しくないのかと毎回思うけど、似合ってるので何も言わない。声を掛けると開口一番、「お前の映画が外国語映画賞にノミネートされた!」。 「え? ほんとに?」 「ああ、これからメディアで注目されるぞ」  この夏公開された僕の初出演・初主演映画は、オーディションで選ばれたものだった。海外でも評価が高い有名監督の作品で、出演が決まったときは嬉しかった。BLドラマで一部熱狂的なファンが付いたが、黎と比べて知名度が低い僕には、信じられないほどありがたい話だ。 「授賞式は来年の3月だ」 「はい」 「あ、それと」  社長は、僕の肩を組んだ。いつもベタベタ触ってくるので、もしかして狙われてる? と思ったこともあったが、そのときには「安心しろよ。俺の恋愛対象は女性だから」としたり顔で言われた。 「正月は、黎の実家でYouTubeの打ち合わせな!」 「はい?」 「黎が忙しくて、その辺打ち合わせの時間取れないんだよ。正月しか空いてなくて」 「それなら、僕とスタッフさん達だけで……」 「いや、黎の方がしっかりしてるから意見を入れないとな! 来てほしいって言ってたみたいだし! しのも有名になるからってYouTubeを疎かにするなよ!」  視線の端で、國枝さんが苦笑いをしているのが見えた。  「これあげる」と言われて、黎から渡されたのは、高級ブランドの時計だった。写真を撮って、ファンに報告したら喜びそうではあるが、何となく思ってたけど、黎って金遣い荒くない? 「誕生日じゃないよ?」  誕生日でもこんなの貰えないけど。 「普通にプレゼント」  黎の実家は金持ちらしいと聞いたことがある。芸能人になる人なんて金持ちばかりだし、だから金銭感覚がおかしいのは、まあそうなんだけど、何となく僕って……。 「こういうのあげたら喜ぶイメージ? 別に人から貰いたいわけじゃないよ」  僕も父親が医者で母親も元医者、実家は金持ちだと自覚している。家を出る前は、親からもブランド物をよく買ってもらっていた。「中身のある人間になれば、こんなもので取り繕わなくても良いはずだ」と言われ続けた反動で、今もブランドを好んでいるから、そう思われるのも無理はない。 「ごめん」 「……いや、ごめんなさい。正直言うと、一瞬嬉しかった」  黎は笑うと、僕の腕に時計を付けた。「ちょっと待ってて」と言って、戻ってくるとギターを持っていた。黎がライブでもたまに使っているものだ。 「好きな人を喜ばせたいのに器用なことができない。ファンからも、恋愛したことないのに恋愛ソングばかり歌ってるって裏で笑われてる」  黎はチューニングをしながら、今度は自嘲気味に笑った。 「Mauve(モーヴ)は大人気じゃん。武道館ライブも大成功だったらしいし」 「何で来てくれなかったの?」 「仕事があったから……」  黎の歌声は、いつも物柔らかで優しく僕の耳に入ってくる。真っ直ぐな歌詞が自分を元気づけてくれる気がして、Mauveモーヴの曲はどれも好きだ。一人でいるときもその曲を聞けば、黎と一緒にいるみたいに、嬉しい気分になったり好きな気持ちが溢れてくる。 「いつも忍のことを考えて歌詞を書いてる。だから、聴いて?」  その夜の貸切ライブは、忘れられない。 「あ……あっ……黎」  ベッドで、性器が黎に咥え込まれて、自身の腰が浮き上がって反応した。指を吐き出された液で湿らせて、黎は後ろからその奥の孔に入れて、内壁を押し広げる。 「もういい、入れて」  向き合って、黎に乗る。黎の上で、押し付けられた膨張する性器を受け容れながら、気持ちよさに、彼の肩に頭を押し付けた。  幸せで、寂しくなくて、ずっとこの時間が続けば良いのにと思った。  年が明けて、黎の実家には、國枝さんの車で送ってもらった。父親は家にいないようで、黎と温和そうな母親が出迎えてくれた。母親から「いつもお世話になってます」と挨拶される。僕のことも知っているようだった。「もっと帰ってきてよ」と黎にも声を掛けている。穏やかそうな素敵な家庭だと思った。  昼間に打ち合わせが終わると「他に仕事があるので、僕は帰りますね」と、國枝さんが黎の母親に言ったので僕も帰ろうとすると、「忍くん、泊まっていって! 夕飯もあるのよ」と黎の母親に止められた。 「でも、悪いので」 「悪いなんてことない! 泊まってくれると嬉しいなって」 「忍、泊まってけば? 黎にここら辺、案内してもらったら良い。景色が綺麗だから」  國枝さんは、片瀬さんよりも一回り歳上だ。マネージャーも男性ばかりなのは社長の趣味だろうか、やっぱり怪しいな、と少し考えて止めた。國枝さんは、「今年もよろしくなー。またな」と東京に帰っていった。  黎と二人で街を探索した後は、黎の母親と話した。 「YouTube、いつも見てるのよ。黎があんなに笑ってるの見たことなかったから嬉しい。仲良くしてくれてありがとう」  黎は僕の隣で少し照れて、嬉しそうだった。  夜は黎のベッドで、抱き合って寝た。
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