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「あのね、久々に公園に行ったの。秋春くんは公園のことは覚えてる?」
「うーん……」
「桜の花が綺麗なんだ。もう散っちゃったけどね。大きなブランコがあって……」
秋春が曖昧に笑う。言葉が上滑りしている気がして、こっそり掌を握り締めた。殊更に笑顔を形作って、それでね、と言葉を続ける。
何だか上手く行っていない気がする。言い様のない不安に足を掴まれている。秋春の顔が曇っている理由が分からない。それは、気付けばずっとそうだったような気がした。
「秋春くん、いつもありがとね」
「え?」
「一緒に帰ってくれて」
にこ、と笑みを浮かべて、声を掛ける。秋春はちょっと顔を赤くし、別に、と首を振った。
「こうして秋春くんと一緒に登下校するの夢だったから」
「……夢」
「うん」
いつも別れる駅の前で立ち止まる。別れの挨拶をしようと思ったのに、秋春は何故か俯いてしまった。
「……それって、小学生の頃の秋春だよね」
「……? うん?」
「それは俺じゃないよ」
言われた意味が分からず、百合は困惑を顔に浮かべて、首を傾げた。
じわり、と握り込んだままの掌に汗が滲む。
「秋春くんだよ?」
「だから……、百合さんが好きって言ってるのは、小学生の時、君に優しくしてくれた秋春だろ?」
「うん」
「それだけだ。君はあの時が楽しかったから、あの時の続きがしたいだけなんだ」
「……どういう」
「だからさ百合さん。君のそれは、恋じゃないよ」
目の前がくらくらと揺れている。ブランコに揺られ過ぎて酔った時みたいに。
「俺は」
遠くで声がする。
ええ、百合ちゃん、そんなの忘れられてるに決まってるじゃん。そういうのフモウ、って言うんだよ。
恋に恋してるだけでしょ? 馬鹿みたい。いい加減目を覚ましたら? 子供の時の勘違いだって。
夢見るのもやめたらどうなの。来年は高校生なんだからさあ。
声がする。笑い声。悪意のない言葉。心配そうな、呆れたような眼差し。
それが、秋春の目と重なる。
「――勘違いで悪い!? 夢に恋したらおかしい!?」
呼吸が荒い。掌を握りしめる。喉が痛くて、胸が苦しい。目が燃えるように熱い。
百合の怒鳴り声に、気圧されるように秋春が一歩足を引いた。こんなことでは秋春に嫌われてしまう。分かっているのに、堰を切った言葉は止まらなかった。
「ほんの少し優しくされただけで、こんなに好きでいたら駄目なの!?」
じゃあ一緒の高校に行こうと、笑ってくれた秋春だけが百合の希望だった。どんなに辛い日も悲しい日も、それだけで頑張れた。
「嫌いなら嫌いって言えばいいでしょ! 迷惑ならちゃんと諦めた!」
その日々に亀裂が走る。軋む音が息を止める。それに抗いたくて、言葉を叩きつけた。
「恋じゃないなんて言わないで!」
堪えきれなかった涙が、はた、と頬から滑り落ちる。そのことが恥ずかしかった。子供みたいだ。違う。子供なのだ。自分はあの日と、何も変わっていない。
こんなことで怒って、泣いて、秋春には飽きられてしまったに決まっている。迷惑ばかりだ。そう思うのに、心臓が燃え盛っている。
「……ごめん」
なんとかその言葉を絞り出して、駅に駆け込んだ。背後から百合を呼ぶ声が聞こえていたけれど、振り向くことはしなかった。
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