3人が本棚に入れています
本棚に追加
百合は家の近くの公園で足を止める。立派な桜の木も、やはりもう花びらを落として葉桜に変わってしまっていた。ざあ、と風が吹く。地面に落ちて、変色した花びらが、百合の足元をくるりと回った。
小学四年生の冬に、父の仕事の関係で転校になった。クラスメイト達は皆グループが出来上がっていて、百合はあまり馴染めずにいた。
この公園も、遊びに入れて欲しくて訪れて、けれど誰とも話せずに桜の木の影に隠れていた。そんな日々を繰り返した春、秋春に見つけられたのだ。
百合はそっと、目を閉じる。いつでも鮮やかに、あの日のことを思い出せる。
木陰に隠れるように座り込んでいた百合の所へ、草をかき分けて現れた男の子は、百合を見て目を丸くした。
「泣いてるの? 大丈夫?」
これ使って、と彼は百合にハンカチを差し出してくれた。
「どうして泣いてるの?」
「……、だって」
みんな、遊んでくれない、と百合が言うと、彼は明るく笑って百合に手を差し伸べた。
「それなら俺と遊ぼうよ」
一人ぼっちの公園はつまらなかったけれど、二人だったら楽しかった。ブランコに揺られて、秋春が訊ねてきた。
「百合ちゃんはどこの小学校通ってるの?」
「みずいろ小」
「俺は夕焼」
そうか、違うのか、と、残念になって溜め息を吐いた。見上げた空はいつの間にかオレンジ色になっていた。もうそろそろお家に帰らなくてはいけない。そして、今日が終わったら、秋春と会うこともきっとない。
「……明日なんて来なければいいのになあ」
「ええ? 何で?」
「だって、今日は楽しかったし」
明日はまた、気の重い日が始まるのだと思うと息苦しくて嫌だった。しかしその言葉にびっくりした顔をした秋春が言った。
「今日楽しかったなら、明日はもっといいことあるよ」
「……そうかな」
「そうだよ」
そうだよ、と笑う少年の顔は、朝の日差しのように眩しかった。
百合はゆっくりと目を開ける。穏やかで、静かな公園の姿がそこにある。
あの日のことを、百合はいまだに覚えている。
最初のコメントを投稿しよう!