一.異郷の花嫁

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一.異郷の花嫁

雪のちらつく山道を、二頭立ての馬車がゴトゴトと進んで行く。 王宮から派遣されたものなので車体も、二頭の神馬も煌びやか。中に乗る少女も、上等の着物に身を包む。明るい金色の長髪が振動に合わせて揺らめき、紅玉の瞳はどこか憂いを帯びている。 少女の名は、紅悠(こはる)。ここから大分西にある、狐族の王家の娘だ。 何故、狐族の姫君ともあろう少女が、馬車に揺られてこんな辺鄙な場所を進んでいるかというと――何を隠そう彼女はこれから、この道の先にある異郷の地へと、嫁ぎに行くところなのだ。 *❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭*❀٭* 念のため断っておくが、狐族といっても耳や尻尾が生えているわけではない。 古来この地に降臨した神獣・天狐の霊気を受け継いだ一族が、狐族の民だ。 王家の娘、とは言ったが、実は狐族には王家が4つある。 そのため王家の人間は何十人もいて、その中で政を担うのは、生まれながらに強い霊気を持つほんの一握りの者たちだけだ。 王宮では常に熾烈な権力争いが繰り広げられているものの、紅悠のように平凡な…いや、他の王家の人間から「史上稀にみる落ちこぼれ」と後ろ指を指されるような者には、全く以て無縁の世界だった。 最も紅悠自身、政治にも権力にも興味はない。王宮から遠く離れた領土の小さな家で過ごす、質素だが平穏な日々が、紅悠にとっての幸せだった。 そんな、王宮からはとうに忘れ去られた存在であった紅悠に、突然現皇帝である祖父からお呼びが掛ったのは、一週間ほど前のこと。 「紅悠。お主、そろそろ結婚せぬか。」 そろそろ夕餉にしようか、とでも言っているかのような、実に軽やかな口調で祖父からそう言われたとき、紅悠は一瞬頭の中が真っ白になった。
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