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二.顔合わせ
屋敷の玄関先で紅悠を迎えてくれたのは、ここで働く侍女だという初老の女性だった。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。私、“圭”と申します。」
「紅悠と申します。今日から大変お世話になります。」
紅悠が頭を下げると、圭はふっくらと丸みのある顔に温かな笑みを浮かべる。
「さあ、早速旦那様の所へご案内しましょうね。お困りのことがあれば、何なりと私にお申し付けくださいませ。」
圭の小さな背中について、紅悠は屋敷の廊下を進んでいく。
「律様、花嫁様がお着きです。開けますよ。」
そう言って、圭が襖を開けると。
その先に、一人仕事机に向かう背中が見えた。
圭に促され、紅悠は部屋へ入ると、襖の前で正座する。その気配を感じ取ったのか、青年がゆっくりと振り返った。
灰色を帯びた銀の髪に、藍色の瞳。歳は、二十を少し過ぎた頃か。白に浅葱の袴姿で、男性にしては華奢な印象を受けた。
自らの主人となる青年を前に、紅悠は畳へ両手を付き、深く頭を下げる。
「狐族、珊瑚の宮から参りました、紅悠と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
「…藍龍族王家、律だ。其方のことは、皇帝から聞いている。」
紅悠が頭を上げた時、そこには既に、机に向かう律の後姿しかなかった。
「部屋の用意は整えてある。圭、後は頼んだぞ」
後ろでお茶の用意をしていた圭は、その言葉にぽかんとして顔を上げる。
「もうよろしいのですか?せっかく花嫁様が来てくださったんですから、お茶でもしながらお話しされてはいかがです?」
「生憎だが、今日中に租税報告を取りまとめなければ。屋敷の中では好きに過ごしてもらって構わない。」
圭は呆れたように肩を竦め。
「分かりました。それじゃ、このお茶は私と紅悠様でいただきます。さ、紅悠様、参りましょうか。」
茶器の乗った盆を手に、圭が立ち上がる。紅悠も律へ向けて一礼すると、静かに部屋を後にした。
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