Ⅴ 夜

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Ⅴ 夜

 東に用意された住み込み職人用の小部屋は、ついこの間まで星作りの道具で溢れかえっていたにもかかわらず、今はその成りを潜め、半分ほどの荷物が木箱に収められていた。大小さまざまな箱に囲まれた部屋の中央の机で作星の道具を展開していたクラストは、息を吐いて立ち上がる。  あと一週間ののちに自分がこの工房を出て行く。そのことに、まだ実感が持てていない。荷物をまとめはしたものの、出立の前夜まで星作りは続けるつもりだ。  ここのところはほとんど工房に顔を出さず、部屋に籠りきりで研究している。注文の依頼が来れば出来得る限り受けるようにはしているが、それももうすぐ打ち切りになり、本格的に、ジャフリー星工房との雇用契約も切られていくだろう。 (さすがに、明日からは少し、下へ行って皆と関わらなければ)  それは、義務であり、願望だった。  あと少しだからこそ、接する時間を少しでも長くしたいと皆が思っているし、自分自身もそう望んでいる。  起きる、星を作る、研究する。たまに食事をして、眠る。単調な日々だが、今は研究から目が離せないため、生活習慣など気にもならない。 (やっと、やっとだ)  今まで生きてきた十数年の日々が、ついに実になる。この研究さえ完成すれば。  生まれた時から人口の星しか見たことがなかった。ちょうど、星作りという職業が確立されてきた頃だった。  父親を星の爆発によって失い、その後に自分を生んだ母親も、流行り病と心労で亡くなった。その後は、たまたま自分を見つけてくれた師匠に、星作りを教わりながら育った。  師匠は二人いて、二人は夫婦だった。それぞれに両極端な才能を持つ彼らがどのようにして結婚に至ったのか、共に星を作ろうと思ったのか、クラストにはわからなかったが、二人はうまくやっているようだった。王族など高貴な身分の人々から依頼を受けながら、その傍らで、クラストに星作りを教えてくれた。  彼らがクラストに教えてくれたことがある。自分たちが星を作る、その理由について。 「いつか本当の星空を取り戻したい。そのために、今はこうして人工の星に照らされながら、研究しているんだよ」  なぜ偽物の星を作るのか、そんなものが何の役に立つのかと、疑問を持ち始めた頃に、そんな答えをもらった。  美しいと思った。今は偽物でも、その目的が本物に繋がっている。本物のためにある偽物は、無駄じゃない。自分自身の星作りの理由も、教えてもらった気がした。  やがてその二人も順々に亡くなり、再び身寄りがなくなっても、クラストは星を作り続けた。数年後に、師匠たちと関わりがあったというジャフリー星工房を探し出して雇用を申し込み、そこで働くことになっても。依頼に応えながら、研究はやめなかった。  本物の星を作る研究だ。いつか本当に、星空を見上げて笑うために。大切な人たちと一緒に、星を作る日々は楽しかったねと労いながら。  そう思った時、ふいに、西の塔で寝ているはずの少女が思い浮かんだ。いつも少し自信なさげな感を漂わせて、でも生き生きとした目をしている。星を目にしたときのその瞳の輝きを、クラストは幾度も見た。  彼女は星が作れない。  正確には、作れないわけではない。どんなに作っても、一瞬でその光が消えてしまったり形が崩れてしまったり、急に爆発したり、碌な成果が得られなかったのだ。  だから彼女は、職人ではなくて、その手伝いになった。けれど本当は、皆に隠れて今も星を作っているのだということを、クラストは知っている。けれど職人として働き出さないのを見るに、未だ成功はしていないのだろう。  そんな彼女を温かく見守り続ける工房の他の人々も、クラストは好きだ。星を作れる人もそうでない人も、お互いに対して寛容で、その場にいるだけで心地よい。  気が付くと、口元に笑みがこぼれていた。彼女のことを考えると、いつもそうだ。見ているとどうしても安らかな気持ちになれるような不思議な雰囲気が、彼女にはある。それは、クラストを育ててくれた師匠たちにも似ている。  今日も彼女は、部屋に籠りきりのクラストに、食事を届けてくれた。その度その度、研究はうまくいきそうですかと、クラストに聞いた。クラストが頷くと、頬を綻ばせて喜び、頑張ってくださいと口にした後、部屋のいたるところに置かれている星に、目を輝かせて見入っていた。  その様子に、あと7日だと張り詰めていた気持ちがほぐされるような思いがする。  今はもう寝ているのだろうか、窓から見える西側の部屋は、灯りが消えている。よく見れば、他の部屋も真っ暗で、灯りが付いているのはこの部屋だけだった。  もう深夜だ。そろそろ寝なければ、明日の仕事にも支障が出てしまう。明日は、共同で作業する工房に行って、皆と共に作りたいのに。  クラストは机の上で開いていた本を閉じ、木箱をどけて寝台までの道を作った後、窓から町の様子を見下ろした。東の塔にあるこの部屋はそれなりに高く、町の全貌を見渡すことができる。  深夜であるため民家にはほとんど灯りがないが、町のいたるところに点々と、街灯代わりのように人口の星の光が浮かんでおり、闇だけにならぬよう明るくしてくれている。  それを満足そうに眺めた後、クラストはランプを消し、自分の部屋の灯りも落とした。心地良い静けさと暗さ、そして窓の外から入るほんの少しの光が調和し、溶けていく。 (出発までのあと7日で、何をしようか)  そして。 (ネトラの誕生日には、何をやれば良いのだろう)  そう考えながら、クラストは布団の中で眠りについた。
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