壱:おしゃべりな水飴

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「それで、湧太とあんまり話してなかったのか?」 「…………」 こくり。再び声を失った柚子は、目を伏せたまま静かに首を縦に振った。 「柚子、おまえはどうしたいの? 湧太と離れたい?」 そう尋ねると、柚子は弾かれたように顔を上げた。 湧太と並んでいなくても、その表情や血色の違いは痛いほどに歴然としている。どこか怯えたような表情も、清潔ではあるもののけして手入れが行き届いているとは言い難い服装や髪の伸び具合も……おれにはすごく見慣れたもののような気がする。不本意だけれど、柚子が背負っているものの感触が、何とは聞かずともおれには馴染むのだ。柚子が、こうしておれに対しておそらく常にはないほど自分を出せているのも、別におれの人柄だとかコミュニケーション術なんかは関係がない。 単に、同じ場所で呼吸をしていただけ。それを感じ取ってしまうのだ。それは何一つ喜ばしいことじゃない。少なくともおれは、柚子にあの頃のおれと同じ場所になんか居てほしくない。 だからおれは、小さな子どもに問う言葉の温度ではない声色で、まっすぐに柚子を見据えて言った。怖がらせるかもしれないけど、しかたがない。きっと、お世辞にもガラが良いとは言えないおれのマジな表情(かお)よりも怖いものは、これから先柚子の前にたくさんたくさん現われる。望まないけど、現われてしまうだろうから。 「柚子。おれは、聞いてる。柚子は、どうしたい?」 「……おれ、は」 柚子が詰めた息を振り絞るように、か細い声と一緒に吐き出したそのとき、戸口から元気のよい声が響いた。
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