零:和菓子屋奇譚

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「…………どう、だ?」 不覚にも、少し身を乗り出して尋ねてしまう。おれはこの男を基本的に信用しない。胡散臭さが服を着て歩けばこんな感じだろうとずっと昔から思っているし、付き合いだけは長いものの、その印象は今でも一切揺るがない。 ただし、こいつの「舌」だけは別だ。こいつはこの店の店主であり、おれの雇い主であり、そうして、おれに和菓子作りのイロハを叩き込んだ張本人でもある。 「師」と呼ぶにはあまりにも常識はずれで破天荒な教えを乞うたため、尊敬の念よりは警戒心をより強く抱くようになってしまったものの、こいつの菓子作りの腕と、その味覚の確かさだけは、不本意ながら信頼せざるを得ない経緯が、おれにはある。 あまりに横暴なエセ師匠は、おれの期待に満ちた表情を眺め、今日初めて見るような、優しく寛大な微笑みを浮かべた。そうして、甘言を囁くようなひどく柔らかな声色で、告げた。 「中の下寄りの、普通だな」 「…………」 響いた言葉に、思わず目が据わる。なんだ、さっきの。まったく要らない。 いや、コレを相手に少しでも期待なんて感情を抱いたおれが全面的に悪いのだ。こいつの性格が終わっていることなんて、火を見るよりも明らかだということを、少し長めの不在の間に忘れかけてしまうなんて情けない。もう一度、気合を入れ直さなけらばならない。 ふーと長めの息を吐き、無理やり気持ちを落ち着けようとするおれを、根性悪の昔馴染みはそれはそれは楽しそうに眺めて言った。 「コンの腕が思った以上に上がっていなくて嬉しいよ。仕込み直し甲斐がある」 「……期待に沿えて光栄だよ」 「ところで、いい加減言葉が欲しいんだけど?」 そんな柄でもないくせに、わざとらしく小首をかしげておれの目を覗き込む。昔も今も、おれの都合などお構いなしに日常に突如現れる、この美しいナリをした災厄。 手元の春色を恨めしい気持ちで眺めながら、鬱々とした気分でため息を一つついた。 「…………おかえり、有楽(ゆうらく)」 おれを眺める紅い瞳が、ゆるりと満足げに弧を描いた。
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